頂き

□闇の中に見るモノは・・・
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 ここは何処だろうか?
 どうして、こんなに暗いのだろうか?

 剣心が目を覚ますと、そこには何もない漆黒の世界が広がっていた。
 視界に映るのも、身体を包んでいるのも、先が見えない闇、闇、闇・・・。


 「拙者は・・・一体・・・?」


 過去の経験の賜物なのか、剣心はやけに闇目が利く。
 それにも拘らず、今彼の視界には一面の影しか見当たらない。己の足元すら見えないのだ。
 何も見えない暗闇を歩くのは危険だ。もしかしたら、一歩歩いたその先は奈落の底かもしれないのだから。
 剣心はその場を動く事も出来ず、もう一度だけ辺りを見渡した。

 ・・・やはり、何も、ない。

 どちらに正面があるのかも分からないような状況だが、剣心は視線を前に向けると困ったように腕を組んで首を傾げた。


 「何故、このような所に・・・?」


 目が醒めたら暗闇に呑まれていたなんて体験は生まれてこの方初めてだ。
 ならば、コレは夢か?
 いや・・・それにしては妙に感覚が研ぎ澄まされ過ぎている。


 (・・・では、これは夢では・・・ない?)


 そう言う結論に行きついたわけだが、それならば何故こんな場所にいるのかを考えなければならなくなる。
 そもそも目を覚ます前、己は何をしていたのか・・・


 「拙者・・・は・・・・・・」


 何故だろう。思考はいつになく研ぎ澄まされているはずなのに、何故か記憶がまどろみの向こうに溶かされて、靄がかったまま見えないのだ。


 『けんしんっ!!』

 「・・・!!」


 ふと、剣心の脳裏に聞き覚えのある声がよぎった。


 「・・・薫殿・・・」


 次に剣心が思い浮かべたのは藍色のリボンをゆらゆらと風になびかせる、黒髪の少女の姿だった。
 
 そうだ、彼女は笑顔がとてもよく似合う人だった。

 けれど剣心の頭に浮かんだ薫の表情は笑顔などではなく、悲しみの色を浮かべて悲痛に涙を零す様だった。
 

 「・・・そうだ、泣かせてしまった・・・追いかけてきてくれたんだ・・・」


 思い出した。
 己は、自身の後輩・・・人斬り抜刀斎の後継者である志々雄真実を止めるために東京に・・・薫に別れを告げて京都までやってきたのだ。
 次々に思い描かれる光景。。。


 御剣の師匠、比古清十郎の教え・・・
 
 左之助に殴られた頬の痛み・・・

 操の涙・・・

 伊織の手の小ささ・・・

 死闘へ続く星屑の夜・・・

 蒼紫との決着・・・

 目の前で炎上した志々雄の身体・・・

 
 全部全部思い出した。
 そうだ。自分は確か、灼熱の間にいたはず。
 そして、この目で志々雄の姿が消えてなくなるのを最後まで見つめていたはずなのだ。
 それが、こんな所にいると言う事は・・・


 「拙者・・・は・・・俺は・・・死んだ・・・のか・・・?」


 嗚呼、何と言う事だろう。
 思えば身体を蝕んでいた痛みも、ないではないか・・・。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・だめだ・・・」


 しばらく呆然としたまま、唖然として前を見据えたまま・・・剣心は小さく首を横に振った。


 「・・・駄目だ・・・まだ死ねない・・・。帰らなければ・・・」


 薫の涙に濡れた顔が脳裏を掠めていく。
 そんな表情をさせたのは己に違いないのだが、薫のその表情は見たくない。見たいのは笑顔なのだ。


 「死ぬわけには・・・いかないんだ・・・」

 ―・・・何故?―

 「!?」


 不意に背後から響いた声に振り向けば、一面暗闇だった視界に、薄らぼんやりと人影が佇んでいるのが窺える。
 さっきまでは何も見えなかったはずなのだが・・・
 剣心は、ジッと目を凝らして影の主の正体を窺おうとしたが、影の輪郭以外は何も見えない。


 「・・・誰でござるか?」

 ―そのわざとらしい口調はやめにしないか。・・・人斬り抜刀斎・・・―

 「・・・お前は、誰だ?」

 ―そうさ、それで良い。無駄な猫かぶりは邪魔なだけだからな・・・。―

 「・・・誰だと聞いている」

 ―分からないのか?―


 声の主はどうやら男のようだ。
 輪郭を辿れば、高い位置に髪を結っていることと大小の刀を腰に差している事が窺える。
 剣心は、いつでも相手の出方に窺えるように己の腰に挿してある逆刃刀に手をかけた。


 ―・・・本当に分からないのか?―

 「・・・・・・・・。」

 ―・・・分からないはずがないだろう。自分の事くらい・・・―

 「・・・!?」


 低く喉を鳴らして笑う声と共に輪郭の主が、姿を現した。
 
 燃えるような赤毛に左頬には十字傷。

 長い髪を高い位置で結っている事と、腰に大小の刀を差しているという違いはあったが、そこにあるのは紛れもなく緋村剣心の姿だった。


 「?!」

 ―何を驚いているんだ。俺はずっと、アンタと一緒にいたんじゃないか・・・―

 「何を・・・」

 ―本当に俺を抑える事が出来たと思っていたのか・・・―

 「お前は・・・」

 ―俺は、お前の中に住まう“狂気の人斬り”さ―

 「・・・」


 “狂気の人斬り”が一歩剣心に歩み寄る。剣心はビクリと肩を震わせ、一歩後ずさった。


 ―自分で言ったんじゃないか。“己の中には決して変わることのない狂気の人斬りが住んでいる”、と。―

 「お前がソレだとでも?」

 ―そう言ってるじゃないか。・・・それで、どうして死ぬわけにいかないんだ?―

 「それは・・・」

 ―使命は果たしたんだろう?志々雄真実は死んだ。もう良いじゃないか。―

 「・・・」


 彼がまたククッと低く笑う。
 剣心は眉間に皺を寄せて首を振った。


 「まだ、終わりじゃない。俺は、帰らなければ・・・」

 ―どこへ?―

 「どこって・・・」

 ―咎人のお前に帰る場所などあるものか。あったとしても、俺の手によって壊れてお終いだ。ソレを恐れたから、お前は別れを選んだんだろう―


 そうだ。
 剣心は、己の中に住まう“決して変わらない人斬りの本性”が大切なモノを傷つける事を恐れて、永久の別れを選んだ。


 「けれどソレは・・・」

 ―生きる意志さえあれば、俺を押さえこめると?・・・まあ、確かに自由は利かなくなったが・・・それでも俺はまだ起きているぞ―

 「・・・・・・。」

 ―アンタに生きる意志が生まれた事は認めるさ。けれど、まだだ。それだけじゃ俺を完全に眠らせる事はできないな。―

 「・・・何故・・・」

 
 喉を鳴らして笑う彼を前に、剣心は唖然とした。
 生と死の狭間で天翔龍閃を会得して、「緋村剣心」が「緋村剣心」であるために必要な事を教えてもらった。

 “生きようとする意志は、何よりも強い。”

 故に己は、「生」というモノを受け入れたのだ。
 それでは、だめだと言うのか・・・?




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