頂き
□白銀の象徴
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空からしんしんと降り注ぐ純白の結晶。
道を染め、屋根を染め、庭を染め。
ついには人の心まで白に染め上げていく。
白銀の世界が象徴するのは
別れか、消失か
それとも別の何かなのか・・・
白銀の象徴
「薫殿・・・」
剣心は、布団に横たわる薫の手を取り己の額に押し当てた。
白くて細い・・・それでも柔らかな温かさを持った薫の手は今、包帯を巻かれ、布越しにも伝わるその体温は驚くほどに冷たい。
「どうして、目を覚まさないんだ・・・」
薫の白い肌を覆い隠すように捲かれている包帯は、彼女の手だけではなく全身を覆うように巻かれている。
むしろ、見えている肌の部分の方が少ないくらいだ。
右頬には湿布。そして腕、首、胸元、太腿、脹脛。至る所に真っ白な包帯が捲かれ、所々に何やら赤い血が滲んでいる。
「剣心、薫の様子どうだよ?」
すっかり外気を遮断していた襖がそっと開かれ、肌を刺すような冷たさと同時に、澄んだ外気が部屋の中へ入ってきた。
見やれば、申し訳程度に開かれた襖の向こうで、弥彦が不安げにこちらの様子を窺っていた。
「駄目だ・・・目を覚まさない。」
「・・・そうか。」
弥彦は物音立てずに部屋の中に入ると、剣心の隣に腰を降ろした。
「看病、代わるよ。ここのところ寝てないんだろう?休んでこいよ。」
「否、いつ薫殿の身体に異変が起こるかも分からないから、離れるわけには・・・」
「とかなんとか言ってて、お前が倒れたら話にならねえっつってんだ。良いから少しだけでも休んでこい!」
咎めるような物言いだが、弥彦なりに心配しての気遣いの言葉。
剣心はひどいクマが出来た目を細め、苦々しく笑った。
「・・・かたじけない、弥彦。何かあったら、すぐに起こすでござるよ。」
「応。」
弥彦が力強く頷いたことを確認すると、剣心はゆるりとした動作で立ちあがり、未だ目を覚まさない薫を一瞥すると、部屋の隅にもたれかかり、目を閉じた。
「・・・自分の部屋で休めよ。」
「こればかりは、譲れんでござる。」
きちんと休むのだから問題ないだろうと言わんばかりの剣心に、弥彦は呆れたような表情を見せたが、彼の目元を見ればその心境は弥彦にだって理解に容易い。
「まあ、ちゃんと休むなら・・・」
「承知。」
その後、壁にもたれかかったまま目を閉じて寝息を立て始めた剣心を確認すると、弥彦は視線を膝元にある包帯が捲かれた薫の頭に移した。
(痛々しい・・・)
純粋にそう思った。
うっすらと赤い血が滲んだ包帯に、閉ざされたままの瞼。ここのところ三日間、言葉を発することのない小さな唇。
己の師匠であり、姉のような存在でもある薫のその姿に、弥彦は胸を抉られたような気分になった。
剣心にいたってはきっと、気が気でないだろう。
(せめて、目だけでも覚ましてくれたら・・・)
そもそも、どうしてこんな事になっているのか。
それは弥彦自身も詳しく知るところではないのだが、どうやら古くなった支えの縄がちぎれ、倒れてきた角材の山の下敷きになったらしい。
弥彦は、鮮明に蘇る三日前の昼下がりの出来事に記憶を馳せた・・・。