妙玖入り!

□菖蒲
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〜皐月九日 安芸小倉山城〜
(語り:妙姫)
夜は妹と一緒に寝るのだけれど、朝になり日が高くなって少し暑さを感じ始める頃には、妹が床を独占している。
十一にもなった娘が、こんな時分まで寝ているのだから、やはりまだまだ子供だと思う。
「愛生、愛生」
「…んー」
いつものように声をかけて揺り起こそうとするが、寝息の延長のような声以外はほとんど微動だにしない愛生。
…そんなとき、私はついいたずら心わくわくしてしまうのだった。
そっと愛生に近づき、唇を──
「あ」
愛生が急に目を開けて、きょとんとした様子で私を見つめる。
「…お、おはよう」
なんだか恥ずかしくて、顔が熱い。ごまかすように挨拶すると、愛生は私に抱きつくかっこうで起き上がり、私の唇に接吻した。
「おはよう、妙ねえさま
や、やられた(ノ∀`)
「…行かなくちゃ」
唐突にそう言って、慌ただしく支度を始めようとする愛生。
「行くって、どこへ?」
やや寝ぼけているのか要領を得ない愛生を捕まえて、私が着替えさせてやる。
「雨ごいの踊りです」
雨ごい? どこかの神社で祭りでもあったかしら?
「いったいどうしたの」
愛生の長い髪に解き櫛を入れつつ、話を聞く。
「かえるさんに頼まれたの」
…どうやら、この子は夢を見たらしい(ノ∀`)
青や紫や桜色の蛙が、雨を降らせてほしいと歌うのだそうな。
「五月雨の季節なのだから、雨ごいなどしなくても雨は降るわ」
「そっか…そうですよね」
暦によって些少の違いこそあれ、毎年初夏には決まって雨の日が多くなる。
「せっかく晴れたことだし、雨が降らないうちにお出かけしましょ」
「うーん…まだちょっと眠いかも(ノ∀`)」
「もう、愛生ったら」
どうしてそんなに寝ていられるのか不思議なほど、愛生はよく眠る。寝る子は育つとも言うけれど、さすがに日の高いうちは少しは外へ出さないと、いろいろよくないと思う。
「そうだわ。いいものがあったはず」
「いいもの?」
愛生の手をひいて御殿から連れ出し、花菖蒲の紫がまぶしい庭を歩く。
小倉山城は丘陵の地形を生かし、小倉山を丸ごと縄張りにした広大な城郭。山の高さは麓から一町にも満たないけれど、周りをぐるりと囲む帯曲輪から見上げる本丸(ここ)は言わば山の頂で、たどり着くにはおよそ三間もの高さを駆け上がって来なければならない。それゆえ築城以来、この城を攻めようとした者は皆無であった。
かりに敵が本丸に迫ったとして、待っているのが鬼(おじい様)では、わざわざ苦労して地獄へ行くようなものだと…その鬼に厳しく育てられた父が笑いながら語ったことがある。
「あったわ。これを…」
四つの木箱を組み合わせた階段のような物が設置…というより久しく放置されている一角。
「…あら?」
ちなみにこれは漏刻(ろうこく。漏剋とも)というのだけれど…明らかに誰かが掃除した痕跡があり、微かに物音がする。
「ねえ──」
愛生を見ると、苦笑いで漏刻に駆け寄る。
「もしかして、ここに何か隠しているの?」
子供のしそうなことね。
「お堀のそばで、かにさんを見つけたの」
山の水はきれいだから、お堀にも沢蟹がいることがある。沢蟹は雨の日にはしばしば川から出て歩き回る。
「こんなところに閉じ込めちゃ、可哀相でしょう」
「ん、そうだね(ノ∀`)」
水をためた木箱の中をのぞき込む愛生。漏刻はもともと水を入れて使う物で、四つの箱を上から順に管で繋ぎ、管を通した穴から流れ出る水で時を計ることから“時計”とも言う。戦や要人を招いての会合などがなければ、まず使われない。
「あれ…いない」
「逃げちゃったのね」
蓋をしているわけではないから、器用によじ登って脱出したのでしょう。
「うん(´・ω・`)」
愛生は漏刻の仕組みを理解していないようだから、説明していると…やはり物音がする。
愛生が沢蟹を入れた箱の隣(一段上)の箱をのぞき込むと…枯れ草などのゴミが詰まっているように見えた。
「虫でもいるのかしら?」
おそらく愛生が掃除したのは“かにさん”を入れたところだけだったのね(ノ∀`)
「うーん…?」
カニがそちらへ移ったと思ったのか、箱の中へ手を突っ込む愛生。
「あっ…!?」
「いた?」
見て、と愛生に言われて、一緒にのぞき込むと…箱の隅っこで茶色く目立たない小さな生き物が、こちらを睨んでいた。

(つづく)
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