妙玖入り!

□鶺鴒
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〜永正八年葉月十一日 安芸小倉山城〜
(語り:妙姫)
七日前の“二百十日”より数日、台風のため小倉山にも嵐が吹き荒れ、ほとんど出かけることもなく過ごした。愛生が怖がるので、なるべく私は妹のそばを離れず、四六時中一緒にいた。
「愛生…大丈夫?」
一昨日くらいから出かけられるようになったけれど…今日も相変わらず昼まで寝ていた愛生は、蒸し暑さのせいかあまり体調がよくない様子。
「…うん」
微熱を帯びた体で、なんとか私にしがみついている愛生。水を汲みに行くと言ったら、私と離れたくないのか、ついて来ると言い出した(ノ∀`)
そんなわけで、愛生をおんぶして外堀の川辺までやって来たけれど…
「あっ…ハチ!」
ぶーん…と重い羽音が聞こえて、大きなスズメバチが一匹現れた。
「妙ねえさまっ><」
“雀”などと名付けられてはいるが、そんな可愛いものではなく、一刺で人を死に至らしめるおそろしい毒針をもつ蜂。山では度々見かける。
「愛生、落ち着いて。このまま…」
愛生だけは、何としても守らなくちゃ!
「!」
そのとき、何か大きなものが飛んできて、素早く蜂をさらっていった。
「…鳥?」
飛ぶ鳥が空中でスズメバチを捕食したらしい。一瞬の出来事だった。
河原に下りた鳥は食事を終えると、満足したように囀(さえず)りだした。
「鶺鴒(せきれい)だわ」
くっきり白と黒に分かれた七寸ほどの体は、セグロセキレイ。
ちょうど今日は白露。秋分までの間は、鶺鴒が鳴き始めるという時期にあたる。
「ぴよ、ぴ、ぴよぴよぴ」
鶺鴒の鳴き声をまねる愛生。ちょっと元気になったみたい。
「あまり近づきすぎては駄目よ」
「はーい」
愛生を下ろして、私は持ってきた桶に水を汲む。
鶺鴒はまだ食べ足りないのか、水辺で餌を探し始めた。右へ左へちょこまかと動くたび、長い尾羽もふらふらと揺れる。
愛生は鶺鴒が気に入ったようで、その様子を食い入るように見つめる。
「そういえば、みそちゃん元気かな?」
曲輪に棲みついた三十三才(みそさざい)という小鳥にも、時々出会うことがある。
「きっと、どこかに隠れているわ」
縄張り意識が強い鶺鴒は、ほかの鳥を追い払ってしまう。小さくても賢い三十三才は、鶺鴒に近づかないでしょうね。
帰り道は、手をつないで歩くほどに愛生は元気になった。やはり屋敷にこもっているより、小倉山のきれいな空気や水に触れたほうが体にも良いのね。
「お妙、愛生。よいものを採ってきたぞ」
「おじい様!」
初秋の小倉山を散策してきたのは、私たちだけではなかったようね。
「わー、椎茸!」
天然の生椎茸。高級品だわ。
※椎茸の栽培が始まったのは江戸時代以降。それ以前は、きのこ狩りで天然ものを手に入れるしかなく、椎茸も貴重な品でした。山や森林には椎茸に似た毒きのこもあるので要注意。
「おひとりで大丈夫でした?
鬼将“俎(まないた)”吉川経基も、傘寿(八十歳)を過ぎて久しい。お元気なのは良いけれど…
「何、こんなきのこでも皆こうして嵐の中を生き延びたじゃろ。鬼が易々とくたばりゃせん」
おじい様は高笑い。ツクツクボウシの鳴く庭で、採れたての椎茸を焼いてくれた。
「いい香り´`」
「旨いぞ^^」
「いただきまーす\(^q^)/」
小さい頃は椎茸が苦手だった愛生も、今は好んで食べるようになった。
椎茸の足(軸の部分)は切り取って干しておき、ダシをとって料理に使う。
夜、いつものように愛生に添い寝して…愛生が眠るまで、しばらく床で語らう。
「妙ねえさま…」
「なぁに、愛生」
湯上がりで微かに湿気の残る愛生の髪をなでながら、言葉を待つ。
「私、小倉山(ここ)へ連れてきてもらって…幸せです」
り、り、り、り…
「ふふっ…愛生ったら、急にどうしたの?」
愛生は吉川の実子ではない。物心つく前に安芸へ、言葉どおり連れて来られた。
「素敵なところだし…食べ物もおいしくて…それに」
り、り、り、り、り…
「妙ねえさまがいるから」
「愛生…」
私の手をぎゅっと握る愛生に、そっと唇を…
り、り、り、り、り、り
「うるさーい!><」
自然豊かな小倉山。夏はカエル、秋は虫たちの鳴く声で、夜も賑やか(ノ∀`)
「マツムシね」
一匹だけ、やけに近くで鳴いているわ。屋敷の中に入り込んだかしら?
やさしい音色だし、すぐ慣れると思うけれど…
「気にならないようにしてあげる」
「ねえ…さま」
言葉よりも確かな方法で、愛生に出会えた喜びを示そう。
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