妙玖入り!

□菖蒲
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〜永正八年(1511年)皐月八日 安芸小倉山城〜
風止めば床に寝た背も汗ばみ、火照るような初夏の日。涼風のように心地よい美声が、やさしく私の名を呼ぶ。
「愛生」
私と歳近い少女の声なれど、不思議と母のような安らぎを与えてくれる…
「愛生。起きなさい、愛生」
このまま眠っていたいような、起きて思いっきり甘えたいような…
「…っ!?」
もう一度くらい呼ばれたら返事しようかな…なんて思ってたら、声どころか息ができない\(^q^)/
「むーっ!む゛ーっ!><」
私の口を塞いでいた唇が、ゆっくりと離れた。
「…まったく、放っておけばいつまでも寝てるんだから」
「はー、永久に眠る羽目になるかと思った(ノ∀`)」
「大袈裟ね」
そう言って笑う、このひとは妙(たえ)姫さま。
「おはようございます、妙姫さま」
「あんまりお早くないわよ。それから、姉さまと呼びなさい」
「はーい。妙ねえさま」
私は物心つく前に瀬戸内の小国から預けられた身で(よくわからないけど人質ではないらしい)、妙姉さまと血は繋がってないけど、姉妹として育った。
「愛生、おいで。髪を結ってあげる」
妙姉さまはご自分の髪を肩から胸元くらいまでの長さに切ってしまわれるせいか、私の長い髪をいじりたがる。
姉さまも伸ばせばいいのに…と思うけど、髪を結ってもらえるのは嬉しい。
「あ、あの…抱っこはいいです
「遠慮しなくていいのよ」
もう私も十一(※数え年)だし、正直ちょっと恥ずかしい(ノ∀`)
「でも…重いでしょう?」
「私は“鬼”と呼ばれた“俎(まないた)吉川”の孫よ。女の子ひとり抱くくらい、太刀や甲冑に比べたら何の苦もないわ」
そう…妙姉さまのおじい様は応仁の乱でその名を轟かせた鬼将、吉川経基(きっかわ・つねもと)。
御年八十余、和歌が好きな優しいおじいちゃんだけど、私たちが生まれる前は幾つもの死闘をくぐり抜けた猛将だったそうな。
「まないた…ねぇ」
「こらっ、どこ見て言ってるの!」
「いひゃい、いひゃい。・゚・(ノД`)・゚・。」
ほっぺをつねられた(ノ∀`)
ちなみに“俎吉川”の本当の意味は、使い古したまな板のように体じゅうあちこち傷だらけで、なお健在であることから。
結局、観念して(?)私は妙姉さまに抱っこされるのだった。
「今年も花菖蒲がたくさん咲いたわ」
「本当…きれいですね´`」
おじい様(吉川経基)のさらに曾祖父にあたる遠いご先祖様、吉川経見が築城したという、ここ小倉山城は百年とも二百年ともいわれる歴史ある古城だけど、またの名を“紅葉山城”といい、その名のとおり秋は紅葉に囲まれ、初夏には花菖蒲が咲き乱れる美しいお城。
「愛生(あき)の名も、秋に生まれたことと、安芸の宮島のように美しく育ってほしいと願いをこめてつけたのよ」
「…つけた?」
「そう、私が」
「えΣ(゚д゚;)」
まさかの、妙姉さまが私の名付け親…って、確か二つ三つしか歳の差がないんだから、言葉を覚えたての子に名前をつけさせたことにw
…秋に生まれたからはともかく、宮島のくだりは後付けっぽい気がry
妙姉さまと手をつないで花菖蒲の咲く曲輪を歩いていると、どこからともなく歌声が聞こえた。
「田植え歌ね」
「たうえうた…」
「そ、田植え歌。逆さに読んでも、たうえうた」
「何言ってるの、姉さまったら」
七七で返して連歌みたいにしてみた。
「ふふっ、愛生もおじい様に似てきたわね。ふふふ」
私に抱きついて、ほっぺに口づけする妙姉さま。
「きゃ(≧ヮ≦)…えへへ」
“たうえうた”じゃないけど、回文の歴史は古く、昔の人もいくつか回文の和歌を残してる。
「なかきよの とおのねふりの みなめさめ」
「なみのりふねの おとのよきかな…ですね」
「そうそう」
長き夜の遠の睡(ねぶ)りの皆目醒め 波乗り船の音のよきかな
「逆さに読んでも同じだけど、田植え歌とは関係ないですよね?」
「あら、気づかない?」
「えっヾ(゚д゚)ノ゛」
「な“みのり”」
な、なるほど。田植え歌には豊作を願う意味もあるんだっけ。
「稲穂の音かぁ…」
「そんなところね」
私の頭をなでながら、また和歌をつぶやく妙姉さま。
「むら草に 種(くさ)の名はもし具(そな)はらば なぞしも花の咲くに咲くらむ」
「…どういう意味なんですか?」
「意味は無いわ」
「えー(;´Д`)」
「意味がなくてもいいのよ」
血の繋がりがなくても、姉妹であるように…かな?
「…はい(〃ω〃)」
風に揺れる花菖蒲よりずっと背伸びして、私は妙姉さまと唇を重ねた。
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