小説

□夏休み危機一髪〜閑話休題〜
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 「はーい、雅ちゃんの3分クッキングの始まり始まり〜〜!!」

 盛り立てる様な火双が高らかにタイトルコールをして、美時がイェーイ!などと拍手をしている。2人の真ん中に佇む雅の目は諦めの境地に達しており、無言で棒立ちしていた。

 一体何が起きたのか鏨には分からなかった。ただ端っこでしゃがんだ鈴が大きめの箱から乾燥パスタを取り出しているので洋風料理が作られるという情報が掴めたぐらいだ。

 「あの……これは何ですか」

 「何ってパスタだが」

 「見たらわかりますけど」

 「じゃあ観客は黙って見てな」

 「黙って、って……どうしてここで雅先輩が料理を……?」う

 「俺らの中で1番料理が得意だから」

 「それは分かってますけど……」

 鈴は分かって言っているのか、それは定かではない。そもそも何故お騒がせカルテットがいるのか。

 経緯としては簡単で、仙台家で幼馴染み2人と食事を済ませた途端に学校の愉快な先輩方が押しかけて来た。そして人んちの家庭キッチンでクッキングショーを始めようとしている。

 いやいや、流石に部活の後輩である鏨ならともかく、ヒーローショーのバイトで顔を合わせたものの接点の少ない仙台の家で勝手をするのは如何なものか。

 仙台うちの先輩が非常識でごめん。すぐに止めるからーーーとか思ってたら「何作ってくれるんですか!?」などと呑気に目を輝かせ、詩音も「楽しみだね!」などとニコニコしている。後輩として先輩たちの愚行を恥じていた鏨は一気に拍子抜けし、そういえば2人も先輩達と同類だったか、と考えを改めた。

 「雅先輩は料理上手だからな」

 心躍らせる2人は、鏨のこぼした一言にさらに期待を膨らませる。初めて4人の家に伺い、夕食をご馳走になった時は見事なお袋の味に感動さえ覚えたもの。それから何回かお邪魔しているが、おかずのレパートリーは圧倒的に和食が多かった。

 取り出された乾燥パスタに意外に思いつつ、雅の事だからおいしいものにありつけるだろう。

 最初とは打って変わって鏨の目も期待に満ちる。同年代の男子と比べると細身で体格も目立って大きくないが、食べ盛りには違いない。仙台が用意してくれた食事の後でもまだ余裕がある。

 「それでは今回の料理は何ですかー?」

 「今回の料理は乾燥パスタとオリーブ油のシンプルな持ち味を最大限に活かした究極の料理『スパボー』だ!……というわけで、講師は美時にバトンタッチする」

 「タイトルの意味は!?」

 雅が一歩下がり、コンロ前を美時に明け渡す。「まかせて!」などと胸を張った美時がパスタを手にした。かなりの序盤で『美時の3分クッキング』へと早変わりした。

 「はい!では僕が唯一作れる得意料理、『スパボー』を紹介します!」

 「ダークマターだけは作るなよ」

 鈴が無表情ながらも若干心配を携えて美時へ視線を向ける。美時は「安心して、鈴ちゃん!」と自信満々だ。

 「僕、スパボーだけは数十回しか失敗したこと無いんだ」

 「十分な数ですよ、それ……!」

 早くも先行きが不安になってきたが、とりあえず見守るしかない。美時のトンチキぶりなど何も知らない仙台と詩音は、ワクワクとパスタの行方を注視している。

 「まず、フライパンにオリーブオイルを多めに入れて、熱で温めます!……あれ、火がつかないよ」

 「何やってんだよ」

 火双が呆れて美時に溜息を吐き、掌からボゥッと炎を出して見せた。

 「仕方ねぇ、俺の炎で沸騰するほど熱してやr」

 「やめろ、馬鹿ぁぁぁぁぁ!!!」

 すかさず雅が火双とついでに美時の頭を叩き、事なきを得る。美時が「なんで僕までー!」と抗議しているが、そんなものはスルーだ、スルー。
 
 「おい、元栓が閉まってるだけじゃないか?」

 「あっ、すみません。伝え忘れてました」

 仙台がすまなさそうに後頭部を掻くが、何も謝ることなどない、悪いのは勝手に押しかけて勝手にスパボーを作ろうとしている面々なのだから。

 「では、気を取り直して……おい、温まってきたぞ」

 もう火の取り扱いはバカ2人に任せておけない、と雅が適温まで調整する。早くも『美時の3分クッキング』ですらない。

 「わぁー、ありがとう雅ちゃん!」

 美時がコンロ前に戻り、漸くパスタの袋を開ける。ジッパー付きのそれは定番のパスタブランドの商品、パ・パーだ。

 「では、適当にパスタを出して半分に折ます。そして、油の中に投入しましょう!」

 油の中に投下された乾麺はジュワジュワと音を立てて火が通っていく。油の中で透き通っていた麺は、徐々に白が混じった茶色に変色していく。

 「スパボーはね、火加減や油に浸した時間で火の通り方も変わるんだよ!今は十分熱したオリーブオイルに入れたから素早く火が入って白っぽく色付くけど、油が温まる前から入れていたパスタや弱火でじっくり揚げたスパボーは油を多めに吸い込んでいるから火を入れても濃厚な茶色のままなんだ!」

 なんと言う事でしょう。あの中身幼児以下の美時が豆知識を披露しているではありませんか!あまりの奇跡的な饒舌に火双が口をポカンと開いて、鈴は驚きに目を見張り、雅はドン引くことに軽く涙を浮かべている。

 しかし美時の知識はネタ切れのようで、後は無言でパスタを揚げていた。

 「そして、いい具合に揚がったスパボーをお皿に移して、お好みでコンソメや塩などを振り掛ければ……じゃーん!完成!」
 
 確かに美時が作れるだけあってシンプル・イズ・ベストを体現した様な料理だった。
 「さぁ、食べてみて!」と促されたので1本とって齧り付く。仙台と詩音も物珍しそうに眺めてから口にした。

 カリッと子気味いい音をたてて、香ばしい風味とオリーブオイルの甘味、コンソメの旨味が舌の上で溶けていく……

 「美味しいですねっ」と詩音の表情がパァっと華やぎ、「小腹が空いた時にいいな……お客さんに酒の摘みとして出せるかも」と仙台が感心している。美時はふふんっと誇らしげだ。
 「スパボーを食べてG.G.レモンで流し込むのが最高なんだ!」と勧めてきたが、聞かなかった事にしておく。

 「あんまり有名じゃないですよね。どこで知ったんですか?」

 「昔花火大会に遊び行った時、スパボーの屋台が出ていてね、そこで食べてからまた食べたくなったの。でももう屋台無かったから調べて作り始めたんだ」

 揚げたてのスパボーをポリポリしながら懐かしむ様に目を細めた。

 「夜に花火大会あるでしょ?」

 「そうですね。屋台いっぱい出て賑わいますよ」

 「それ、屋台!実はスパボー屋台のおじさんから作り置き頼まれているんだよねー」

 美時の視線がダンボール箱へ向けられる。そういえば鈴はあの箱からパスタを一袋取り出していた。
 クッキングショーであんなにいるか?と思案してハッと閃いた。

 「あの、もしかして仙台の店の厨房借りようとして来たんですか……?」

 ほぼ確信的に問うと、「そのとーりっ!」と能天気な返答がくる。まったく、なんて人達だろう。

 「大量のパスタを短時間で消費するには、是非ともプロの設備をお借りしたい」などと仰々しく頼み込む雅に、「もちろんいいですよ!」と仙台が胸を叩いている。

 それを尻目に、何本かスパボーを摘み上げ、甘味とも合うかもしれないし、試しても良いかもしれないと思った。
 



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