小説
□やっぱりモールは楽しい
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正午
「おい鏨!近すぎだ。歩きづれえ!」
隣にいる雅は険しそうな表情に不似合いな笑みを口元に浮かべている。
強張った目元は辺りを警戒しているものの、喜色は滲み出ており、思ったよりこの状況を楽しんでいるように見て取れた。
辺りはほぼ真っ暗。かろうじて道の端に間隔を空けて置かれた光源が足元を照らしており、上にかけてその光は薄くなっている。なので足下は十分に見えていたも、視界は限られており、周囲からいついかなる瞬間に何が起こるのか把握しかねる状況にある。
確かに不気味だ。こうも何も見えないと不安感を煽られる。
「でも、こうも周りが見えないんじゃ歩くのも大変ですし」
「それがいいんじゃねぇか。何が出てくるかわからねぇ」
後ろからキャーッ!と甲高い悲鳴が響く。鏨達の後ろに並んでいた女子3人組のものだろう。
(心臓に悪いな、なんでこんなところにいるんだろ。今日は溜めていた本を読む予定だったのに)
雰囲気を盛り上げるために流れてくるBGMは8:2の割合で、ピチャピチャと水の跳ねる様なものと、幼子のすすり泣き混ざったものだった。
「っ!!」
突如周りに閃光が走った。
一瞬たかれたフラッシュはパッと辺りを映し出す。
瞬きの間に見えた一面は赤く飛沫が叩き付けられた壁に、これまた赤く染められて傷ついた人形。
染め具合からサスペンスもので見る返り血を浴びた犯人が思い浮かんだ。
驚き、声をあげそうになったが、咄嗟に唇に力を入れ、それを耐える。
隣の雅に伺いみると、あまり怖くなかったのか表情に変化はない。
再びキャーッ!と聞きなれた悲鳴が聞こえた。
「……あの、他の皆さんはどうしたんですか?」
なぜに”お化け屋敷”へ誘われたのかと思った。理由くらい聞いてもいいだろう。
おずおずといった風に問い掛ければ、視線だけで震え上がらせると評判の目がジロリと向けられた。
あれ、なんかやばいこと聞いちゃった?
「あの野郎共……いや、鈴はこういうとこは興味ないと言うし、美時は怖がって論外。火双は……」
「今成先輩は?」
一番きたがりそうな今成の名前が出るとなぜか黙ってしまう。
どうしたんですか?と促そうとするが、雅の顔を見て聞かなきゃよかったと思い、迂闊さを嘆く。
「あの野郎とは……しばらく口もききたくねぇ」
地雷を踏んだようだ。人を射殺せそうなほど凶悪な顔にはなっているものの、声はムッとして拗ねた子供のように聞こえる。
「喧嘩でもしたんですか?」
うっかり聞いてしまってから、ハッとする。
なんでそんなこと聞くんだこの口は。
「…………………した」
あまりにも小さく、聞き逃しそうになる声。
仏頂面になった雅は普段見るより年相応の顔をしていた。