緋衣草〜燃える想い〜

□序章 甦る痛み
1ページ/5ページ

「――っよし!これで終いか!」


威勢よく刃を振り下ろす音と勇ましい声が、夜の闇に木霊する。そして断末魔の叫び、霊圧が消えていく気配。

周囲に虚の気配や霊圧が一切無くなったことを確認すると、私は刀を納めた。


「意外に楽勝でしたね、隊長」


同じく刀を納め、少々息を切らしつつも笑顔でそう言うのは、今ではすっかり馴染み深い存在となった紅髪の副官。


「貴様はそうでもなかろう。幾度も不意をつかれ攻撃の直撃を喰らいかけていたこと…私が気付いておらぬとでも思ったか」

「うっ!ま、まあいいじゃないスか、対応が速かったおかげでこの通り無事だったんスから」

「一瞬のこととはいえ、戦場での立ち回りにおいて相手に遅れを取ることは、死に直結する。一隊の副隊長たるもの、よく心得ておくがよい」

「…すいません」


少しばかり肩を落とした様子を見て、私は溜め息混じりに言う。


「戦いの間中、貴様のような者に背を預けていた私の身にもなれ」


その途端、目の前の男は顔を跳ね上げた。


「…背中?預けてくれてたんですか?隊長が…俺に?」

「!…今回は事前の情報に反して敵がかなり多く、能力も総じて高かった。後方には貴様がいた故、そちらは任せた方が都合が良いと判断したまでだ」

「それって、俺のこと当てにしてくれてたってことっスよね?」

「…、そうだが」

「マジッスか!じゃあ俺、ちょっとは成長したと思っていいんスかね?」

「…何故」

「だって前は、一緒に戦う時はいっつも隊長が一人で突っ走ってる感じだったじゃないスか。たまにだけど危ない時もあったのに、絶対他の奴には手出しさせねぇし。そりゃ隊長でなきゃ斬れない敵もいましたけど、俺は副官なのに隊長に負担かけてばっかなのかと思うと、いつも悔しくて…だから、そうやって隊長が少しでも頼ってくれるようになったってのは、すごく嬉しいんです」

「……!」


思いもよらない答えに、私は驚いた。

自分は常に戦闘で死と隣り合わせの局面に飛び込み、数多の虚を切り伏せているにもかかわらず、副官として私の身を気遣うことも忘れていなかった。

思えば、副官として迎えてから、私は此奴の様々な面を発見してきた。

元十一番隊の性故、戦闘にしか快楽を見出ださない獣かと思いきや実際は他者への心配りもあり、重要な局面での判断力も高い。

隊員達からの信頼も厚く、副隊長としてもよくやってくれていた。

特に…あの旅禍騒動の後には、それに一層磨きがかかったように感じられる。

戦闘面でも、副隊長としても…確かに成長と呼べるものがあったのだろう。


そして。


『隊長が頼ってくれて』

『すごく、嬉しいんです』

その気遣いに、私個人でも感じるものがあった。

(…嬉しい)

私の身を案じてくれたことが。

この身に燻るある心情を自覚してからというもの、このような些細なことにも心を動かす機会が増えた。


「隊長?」

ふと我に返ると、其奴は無遠慮に私の顔を覗き込んでいた。

「今、ちょっと嬉しい、とか思ったりしました?」

「な…」

「あ、赤くなった」

「っ、何のことだ」

「誰かに頼りたい時があったら、そうしてくれていいんスよ。隊長程強くはなくたって、俺も六番隊の奴らも、皆それぞれ信念を持って努力して死神になったんですから。守られることしか出来ねえ程柔じゃねえこと位、分かってんでしょ?」

「―――…っ」

途端、何故か無性に気恥ずかしさが込み上げ、其奴に背を向けて言う。

「、自惚れるな。貴様などまだまだ未熟なことこの上ない。私に完膚無きまでに叩きのめされた時から、少しも成長などしておらぬ」

「なっ、ホントッスか!?話になんねーなそれじゃぁ…」

心底気落ちした様子を見て、胸の奥に微かな痛みが走る。

(また、だ)

いつもながら、己が情けない。

何故、自分の考え一つ素直に表現できないのだろう―――
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ