三万打達成企画!!

□秋桜★
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「……あれ」

外から射してくる橙色の陽光が手元を照らしたのに気づき、俺は筆を動かしていた手を止めた。

そして執務室の窓から外を見ると、雲の切れ間から青い空が覗いている。

「雨、止んだみたいっスね」

俺が何の気なしにそう言うと、斜向かいの机で仕事をしていた隊長は、顔を上げて同じように窓の外を見上げる。

「ああ。昨日から止まぬ様子であったが…漸く」

隊長はそっと椅子を引いて立ち上がると、硝子窓を軽く押して開ける。


晩秋の午後の陽射しはもう弱くなりつつあるが、それでも明るい光で隊舎の庭や向こうの街を照らしている。

柔らかい陽光とは裏腹に、吹き込んでくる風は冷たい。冬がもうすぐそこまで迫ってきている証拠だろう。


「うお、さっみい」

窓を開けたことで急に下がった部屋の温度に、俺は僅かに身を震わせた。


「何だ?この程度の風で…まだ冬にもなり切らぬというに」

顔を出した太陽を見上げていた隊長が、怪訝そうに俺を振り返る。

橙の柔らかい光を帯びた濡羽色の髪が、きらりと輝きを放った。背にした太陽のそれとは違う、眩しいけれど控えめな、星のような輝きだった。


「隊長は平気なんスか?俺より体温低いってのに…あ、家でルキアに袖白雪出させて耐性つけてるとか?」

「戯けたことを。ルキアは冷却器ではないぞ…それに活動範囲が制限される故、元来寒いのは好まぬ」

「ですよね、去年の冬なんかよく布団の中で俺にしがみついて暖取ってましたもんね」

俺が笑いながら言うと、隊長は少し照れたように睨んできた。

まるで拗ねた子どもみたいだ。他の隊員の前では見せることの無い可愛らしい表情に、俺は少しだけ優越感を覚える。

「……もう換気も済んだろう。閉めるぞ」

ふいとそっぽを向いた隊長が、さっさと硝子戸を引いて窓を閉めようとする。


すると、やや勢いをつけて伸ばされた隊長の両手が、硝子戸の濡れた外側部分に触れた。

その時。

「―――っつう!」

隊長は突然顔をしかめると、窓に触れていた手を引っ込める。

「隊長!?」

明らかに痛そうな隊長の様子に、俺は反射的に立ち上がった。

「大丈夫っスか?何か刺さりました?」

俺が駆け寄ると、隊長ははっとしたように俺を見るが、すぐに何でもないような顔に戻る。

「いや……大事ない」

「え、でも今…」

「ああ。……あかぎれに少々水が沁みただけだ。気にするな」

あかぎれ?

俺は不審に思った。確かに寒くはなってきたが、まだそんな時期じゃない。何より、人一倍仕事に厳しいこの人が、刀を握る手先の手入れをそうそう怠るとは思えなかった。


「ちょっと、見せてください」

「あ、っ」

引っ込められた隊長の手を取り、半ば強引に自分の方へ引き寄せる。


「……え!?何スか、これ」

広げた白い掌には赤い切り傷が一面に付き、ひっくり返せば手の甲には紫色の痣が幾つも付いている。

死覇装の袖を軽く捲ってみると、腕にも切り傷や痣が痛々しいほどあった。

隊長を見ると、俺から目を逸らしてばつが悪そうにしている。

「何か…あったんスか?」

俺が心配になって問うと、隊長は俺の方を見ないまま話した。

「…大したことではない。稽古で付いた傷だ」

「稽古?」

「先の反乱から時が経ち、職務も落ち着いた故な。銀嶺様から、今後に備えて剣の稽古を付け直そうかという申し出を頂き、お受けしたのだ」

「え、銀嶺さんが?」

「ああ。先日は完現術師による事件もあり、瀞霊廷に刃を向けようとする輩が増えてきている。隊長格の一人として、己の実力を見直す必要が出てきたと感じてな」

そう言われると確かに、藍染の反乱や例の一件以外にも、村正の事件といいバウントのことといい、虚以外にも厄介な奴等を相手取ることがここ数年で多くなった気がする。

未だ歴代最強と言われる、初代の護廷隊長格たちに比べると、今の護廷隊はまだまだ武装集団としては弱い。立て続けに事件が起こったあの時期から、組織全体の戦力を見直そうという動きも出始め、俺たちもそれなりに鍛練を積んできた。

だが、普段怪我を負わないこの人が、こんなに生傷を作っている様を目の当たりにした俺は、やはり動揺を隠せなかった。

「本当に大丈夫なんスか?痕になったりとかは?」

「心配はいらぬ。数が多く霊力で治していてはきりがない故、自然治癒に任せているが……どれも軽いものだ。久しぶりの立ち合いだった故に、私が少々熱を入れすぎてしまっただけのこと」

もう痛みは引いてしまったのか、隊長は平然として答える。

「でも……!」

更に食い下がろうとして、俺ははっと思い止まった。



この前の事件の時は、俺もXcutionの術にかかって隊長たちと分断されてしまい、完現術師は倒したものの、月島によって引き込まれた空間ごと潰されかけた。

何とか事件は解決したが、鍛練したつもりでも、まだまだ余裕で倒せたとは言い難い敵がいることを身をもって知らされた。

(隊長にもみすみす大怪我させちまったし……俺が「鍛練するな」なんて言える立場じゃねえよな)

俺は一度隊長の手を離し、言い聞かせるように口にした。

「……わかりましたよ。けど、あんまり無茶なことはしないでくださいよ。俺が隊の奴等から質問攻めにされちまう」

「ほう。貴様にしては珍しく聞き分けの良いことだ」

感心したように呟く隊長に、俺は少しだけ強気に笑って返した。

「そりゃ、アンタの副官になってそれなりに経ちますし?先代にはまだ敵わねえけど、誰より近くで隊長のこと見てきてますから」


「………全く、調子の良いことだな」

隊長は呆れつつも、何処か嬉しそうにそう言った。
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