三万打達成企画!!

□街と日差しと涙雨★
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「恋次、明日は討伐の予定はなかったな」

「はい、ありませんけど…何か?」

「ならば、私とともに現世へ出向いてくれ。総隊長から急ぎの任務が入った」

「えっ!?総隊長から!?」

驚く恋次を尻目に、私は通達書を机に置いた。

「十三番隊十席が現世へ長期出張に出ているのだが、一週間ほど前から連絡が取れぬらしい。直前に虚と交戦したことが技局で確認されていることから、恐らく攻撃か術がもとで霊力を失っている可能性が高い。早く連れ戻さねば、どのような危険が及ぶかわからぬからな」

「で、でも、十三番隊なら浮竹隊長やルキアの方がわかるんじゃないスか?」

「浮竹は今、ここ数日の激務が祟って療養中だ。ルキアも隊長業務の代行がある故、隊を離れられん」

病弱な癖に、必要以上に部下のことを気遣う昔馴染みの顔を思い出し、私は溜め息を吐く。向こうからすれば、私も同じようなものらしいが。

「虚の格が未知数であることも鑑みて、隊長格を派遣するのが適当とのことだ」

「そうスか…それで、探す相手の情報はあるんですか?」

「ああ、それなら此処に」

私は、懐にしまっていた写真を取り出し、恋次に見せた。

死覇装を着た年頃の女で、栗色の髪を肩の辺りで切り揃え、此方に向かって快活な笑顔を見せている。

「年はお前とそう変わらぬ娘だ。名は、」






「彩……!?」





私が告げるよりも先に呼ばれた、写真の主の名。

私は言葉を切ると、恋次の方に目を向けた。

恋次は写真を見つめたまま、目を見開き戸惑いの表情を浮かべている。

「…そうだ。何故知っている?」

私が訝しんで声をかけると、恋次は顔を上げ、急に焦りを見せた。

「あ、いや、」

「知り合いか?」

「そう、そうです。昔のダチなんスよ」

恋次は取り繕うが、その様子は未だぎこちなかった。


私は恋次に静かに歩み寄ると、その顔をじっと見上げた。

「な……何スか、んな上目遣いで見上げて。もう夕方だからって誘わないでくださいよ」

「茶化すな。その娘と何かあったか?何故そこまで動揺する」

「…別に、ホント何でもないっスよ」

あからさまに顔を背ける恋次を、私は不審に思った。

「私に隠し事か?ためにならんぞ」

「いや、ホント何も…あ、もしかして」

恋次は急ににやりと笑うと、私を見降ろしてきた。

「……何だ」

「隊長、やきもちっスか?」

「どういうことだ」

私が眉をひそめると、恋次は妙に強気になって返す。

「前はそこまでプライベートのこと気にしたりしなかったじゃないスか。…随分俺にはまり出してきたな、なんて」

「っ!」

顔が赤く火照るのがわかる。しかし言い返しそうになった言葉をぐっと飲み込み、私は一言呟いた。

「……もういい」

「あっ!隊長!」

私は踵を返すと、扉に手をかける。

「出発は明日の朝だ。義骸の用意をしておけ」

私はそのまま戸を開けると、足早に部屋を出た。








…『はまり出した』?私が?

まるで自分の方が主導権を握ったかのように言ってくれる。まとわりついているのはどちらなのか。

気になどなっていない。少しもだ。


苛立つ思いに急かされるように、足はどんどん執務室から遠のいていく。

……しかし、こうして彼奴の一言に心乱されているあたり、あながち間違いではないのかも知れない。

私も私だな…

溜め息を一つつきかけたその時。




「びゃーっくーん!」

気が散っていた私の背後から、全体重をかけて飛び付いてきた小さな影。私は受け止めきれず、前によろめいてしまう。

徐に後ろを振り返ると、桃色の短髪を揺らした草鹿が、満面の笑みを浮かべて此方を見上げていた。

「………草鹿、何用だ」

「なによう、びゃっくんとお話したかったからじゃダメ?」

「隊の職務はどうしたのだ」

「つるりんたちがいるから!…っていうか、びゃっくん元気ないよ?どしたの?」

草鹿が顔を覗きこんできたその時、後方から野太い声がした。


「おい、やちる。またそいつにちょっかい出してんのか」

「剣ちゃん!」

駆け足で戻ってきた草鹿を見下ろしてから、更木は私の方へ視線を向けると、怪訝そうに尋ねた。

「……で?今日はどうした。その顔じゃまた阿散井と何かあったのか」

「…………」

「無理に話す必要はねえが、またこじらせて面倒事に巻き込むのは勘弁してくれや」

口調はぶっきらぼうだが、何処か安心感があり、小さな気遣いが伝わってくる。この男は妙なところで聡い。


私は少し逡巡してから、懐から例の写真を取り出した。

「…更木。この娘を知らないか」

写真を見せると、更木と草鹿が覗き込む。

「……あっ!あややん…」

途端に草鹿がはっとした表情で、娘の名を口にした。

「……やはり、知っているのか。恋次と関わりがあると見たが、本当か?」

「……えっと、」

日頃は明け透けな草鹿が、珍しく口ごもる。私に視線を送ったり目を逸らしたりしている彼女を、更木がひょいと抱き上げた。

「やちる。てめえは少しあっち行ってろ」

「でも…」

「いいから早くしろ」

更木が後方に草鹿を降ろすと、彼女は此方を振り返りつつ向こうへと走り去った。




草鹿の姿が見えなくなったのを確認すると、更木は再び私の方に向き直って言った。

「……そいつは、昔うちの隊に出入りしてた技局の女だ。確か阿散井が席官になったのと同じ頃、十三番隊へ異動したはずだ」

その時、更木の瞳が一瞬、妖しい輝きを帯びたような気がした。

「阿散井とは同期で…あいつが生まれて初めて、抱いた女でもある」

「!」

私は言葉を発することなく更木を見つめていたが、思わず握りしめた右手に鈍い痛みが走った。

「恋仲だった、ということか?」

「さあな…やちるはまだガキだから分かりやすくそう言ってあったが、本当のところ確証はねえんだ。

剣一筋の馬鹿だった阿散井が初めて部屋に女を連れ込んだってんで、あん時は隊で随分騒ぎになったが…その後は時々ふらっと隊に来るそいつを、阿散井が仕事上がりに連れ出して、日が昇る頃に帰ってくるみてえな感じでな」

「………」

「ま、そいつが異動して阿散井も昇進してからは、そんなことはぱったり無くなったんだけどな」

更木は大きな溜息とともに、そう語った。



私は改めて、手元の写真を見つめる。

恋次が、初めてその身を重ねたという娘。私が全く知らなかった頃の恋次を知っているであろう存在。

恋次は何も語りたがらないが、やはり気にかかってしまう。

しかし。

この娘は、現世で我々の助けを待っている死神の一人だ。私情を挟みすぎて任務に支障を来すことなどあってはならない。

今は…これ以上踏み込むのは止そう。

「礼を言う、更木。おかしなことを尋ねて済まなかった」

そう告げて踵を返そうとした私を、更木が呼び止めた。

「おい、朽木」

「何だ?」

「……事情はよく分からねえが、俺に話せることなら話してやるからよ。気になったらまた来い」

どこか気遣わしげなその言葉に、私は張り詰めていた自分の心が少し緩むのを感じた。

「………ああ」

私は軽く頷くと、その場を去った。
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