三万打達成企画!!

□恋色浴衣
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「きゃあああ!」

「巨大虚だ!」

一際大きな体躯を持つ虚一体と、それに付き従うようにしている並みの体躯の虚が六体。

首領格らしい巨大虚はともかく、他の虚は平隊員といえど渡り合えない相手ではない。しかし実戦経験の乏しい新人隊員たちは想定外の状況に動揺し、討伐隊は混乱に陥っていた。


「みんな、落ち着くんだ!大丈夫、慌てるんじゃない!」

「理吉先輩、後ろ!」

「っ!」

声をかけるのに必死になっていた俺は、不意に背後から振り払われた虚の腕をぎりぎりでかわす。

斬撃が肩を掠め、死覇装の袖が裂けた。



(くそっ……何で、何でこんなことに!)



六番隊に今年の新人隊員が配属されて五ヶ月。

護廷隊の環境にも慣れ始め、そろそろ席官の指導抜きで任務をこなすようになりつつあった彼らを、今日は俺が討伐任務に連れてきていた。

平隊員だけでの初めての実戦だったが、危険度は低い筈だった。この地区は虚の出現頻度も高くない治安の良い地区で、事前情報でも格の低い虚が一、二体とのことだったのに。





助けを呼ぶか。

いや、応援が来るには時間がかかる。まずはこの状況をどうにかしなければ、話にならない。

(しっかりしろ!いくら平隊員だって、俺ももう六番隊へ入って二年…俺がみんなを守らないと!)


震えが止まらない両手に精一杯の力を込め、俺はこちらへ近付いてくる虚たちに向かって斬魄刀を構えた。



その時、

「危ないっ!」

突然、誰かが切羽詰まった様子で叫ぶ。

はっとして振り返ると、新人の女の子が一人、今にも虚に襲いかかられそうになっていた。

「しまった!」

為す術も無く目を瞑った彼女に向かい、俺は咄嗟に駆け出した。

(駄目だ、間に合わない…くそっ、もっと鬼道が使えれば!)

虚の鋭い爪が、今まさに目の前の隊員に届こうとした瞬間。












「下がりなさい」





凛とした声が響き、襲われかけていた隊員を庇うように飛び出した人影があった。

「!?何してんだ!危な―――――」

俺は叫びかけて、はっと気付いた。



風に靡く濡羽色の長髪に、小さいが華やかな白い花飾り。そしてそれにも負けない、百合の花びらのような白い肌。意志の強さを感じさせる大きな瞳。小柄な体躯。

しかし、その容姿の可憐さとはおよそ不似合いな、冷たいまでの無表情と重い霊圧が印象的だった。



あの隊員は…………









彼女は虚の方へ走り出ると大きく跳躍し、虚の目と鼻の先まで跳ぶ。

そして、空中で斬魄刀を抜くと、そのまま虚に向かって突き出した。








「割り裂け―――――三角草(みすみそう)」







静かに解号が唱えられると同時に、斬魄刀が眩い光に包まれて形を変える。


その直後、



「ギャアアアアアッ!!」


凄まじい断末魔を上げる虚の仮面が、深々と突き刺さった刃によりばっくりと割られていた。


消滅していく虚から距離を取り、身軽に地面へと降り立つ彼女の手に握られたその斬魄刀は、白銀に輝く細い柄の先に三枚に分かれた刃が付いた、使い手の身の丈ほどの長さがある大型の鎌の姿をしている。

冷たい光を放つその斬魄刀のように、鋭い瞳で虚を見据える彼女の姿を、俺は驚きと畏れをもって見つめた。


(あれが……噂の霊術院首席の実力か)





藤河 小春 (ふじかわ こはる)。

朽木隊長の遠縁に当たる少女で、今年の護廷隊新人隊員の中でも随一の実力を持つと言われる逸材だ。とりわけ斬術においては同期の中では並ぶものの無い腕だと評判だが、こうして間近でその剣技を目にするのは初めてだった。



斬魄刀をくるりと回した小春が、俺を振り返って無表情のまま短く話す 。

「特殊能力、高度知能共に無し。この人数で弱点を突き攻めれば問題ございません」

「え、えっ?」

「行木殿、複数人数で固まって攻めるよう皆にご指示を」

小春はそれだけ告げると、また新たな虚に向かって跳んだ。


俺はその様子を混乱して見ていたが、やがて我に返ると、他の隊員たちに指示を飛ばした。

「みんな、こいつらは数こそいるが、一体一体はそれほど強力じゃない!幸いこっちの人数は十分に多い、二、三人ずつで協力して攻めるんだ!

二人が虚の気を引いて、一人が後ろから迫って頭を割れ!」

俺が叫ぶと、隊員たちは一瞬の間の後、合点がいったように複数人に分かれて虚に向かい、走り出す。

俺も人数の少ない班に合流すると、迷いの無い足取りで駆け出した。





そこからは、士気が上がった隊員たちとの連携の甲斐あり、取り巻きの虚たちは全て倒れた。

残る巨大虚に全員で相対し、四方八方から攻撃を加えていく。虚はそれらを振り払おうと大きく腕を広げて暴れ、切り掛かろうとした隊員たちが振り払われ弾き飛ばされた。

「大丈夫か、しっかりしろ!」

「行木殿、私が虚の頭を割ります。注意をお引き付け願います」

小春が早口でそう言い、まだ隊員たちに向かって暴れている虚の頭部を目がけて大きく跳ぶ。

そして、そのまま斬魄刀を振り下ろした。



ザン!

鋭い斬撃の音と共に、虚の顔に刃が突き刺さる。

だが―――巨大虚の仮面は思った以上に硬く、一撃で命を奪うには至らなかった。



「ゴァァァァァァァッ!!」

地響きのような叫びを上げた虚が、頭を割られながらも最後の力で腕を振り下ろす。

「危ない!」

虚の腕が小春に直撃しようとした瞬間。












「咆えろ――――蛇尾丸っ!!」





横方向から飛んできた、大蛇の如くうねる長い刃によって、虚の腕が切断された。

そのまま方向を変えたその刃が、虚の頭を一刀両断にする。

今度こそとどめを刺された虚は、凄まじい悲鳴を上げながら跡形も無く消滅した。





「おい!!無事か、お前ら!?」

「副隊長!」

「恋次さん!?」


血相を変えた恋次さんが、俺たちに向かって走ってくる。

「隊の方に、虚の反応が事前情報と違ってるって技局から連絡が来て……理吉、大丈夫だったか!?誰も死んだりしてねえよな!?」

「あ、はいっ!死者はいません、けど、怪我人が…」


「討伐隊総勢三十名、全員生存。うち負傷者は十八名、いずれも軽傷です。出現した虚は全て消滅を確認いたしました。周囲に別の反応も皆無にございます」

動揺からしどろもどろになる俺の傍で、小春がきびきびと状況を報告する。



恋次さんは小春の姿を見ると、その表情を明るく輝かせた。

「小春、お前…始解出せたんだな!実戦で出したの初めてだよな」

「はい、未だ使いこなすことはできませんでしたが。危ういところを助けていただき、ありがとうございました」

にこりともせず淡々と答える小春の頭を、恋次さんは大きな掌でくしゃりと撫でる。

「よく頑張ったな。巨大虚相手に大変だったろ、ありがとな」

そう言う恋次さんの表情は、温かくて優しい―――俺たちの大好きな表情だった。

(いいなあ…俺なんか未だに始解もできないし、いつも怒られてばっかなのに。

けど、あの子新人だよな?何時の間に恋次さんとあんなに仲良くなったんだろう…やけに親密そうだけど)

何となく羨ましいような気持ちで見ていると、 俺はあることに気付く。



(今………ちょっとだけ、笑った?)



先程まで冷たい無表情だった小春の雰囲気が、どこか和らいでいるように見える。

少し俯いて目を細め、頬には少し赤みが差していた。

(うわ、こうして見ると、けっこう可愛いかも)


すると、俺の視線に気付いたのか、小春が濡羽色の髪をふわりと翻してこちらを見る。

その瞳の光は、もう先程までの冷たさを取り戻していた。

少し戸惑う俺に目を向けたまま、小春は恋次さんに話しかけた。



「副隊長。次回の討伐からは、引率は行木殿だけでなく、最低一人はご同期以上の方に同行していただくのが宜しいでしょう」

「え、何でだ?」

「あの方一人に隊員指揮を任せるのは、大変不安でございますので」

「―――え?」

面食らっている俺に身体ごと向き直り、小春は続けた。



「出現した虚への対処にしても、動揺が先立ちすぎていらっしゃいます。あの場合は隊員全体に声をかけるよりまず、少しでも虚に一矢報いて戦闘が可能であることを皆に示す方が効果的です。あのような混乱の中で、貴男一人如きの気休めの言葉など、耳に入れる者が一体どれだけいるとお思いですか?」

言葉を失っている俺に向かって、辛辣な言葉が休む間も無く吐き出される。

「そもそも、護廷隊員として二年も経験を積んでいらっしゃる貴男が、取るに足りぬ新人である私たちの前であのように臆されるのは困ります。あの場では、指導役を任された貴男が最大の頼りだったのですから。その辺りの自覚はお有りでは無かったのですか?」

「ご、ごめん…」

「覇気がありませんね」

心に突き刺さるような刺々しい口調に、俺は俯いて涙目になっていた。


(前言撤回……全っ然可愛くねえ!!恋次さんより怖え!!)

確かに、先輩でありながら俺は大した活躍もできなかったし、みんなを纏めるのも虚を倒すのも彼女に助けてもらった。

けど、何もそんな言い方………



「お、おい小春!もういいって」

恋次さんが慌てて小春を制止すると、俺の肩に手をかけた。

「ごめんな理吉、こいつ良い奴なんだけど、ちっとばかし物言いがキツくて……悪気は無えんだ、許してやってくれ」

「いっ……いいんでずっ、事実でずがらっ……」

「あーもう、こんぐらいのことで男が泣くな!……けど、お前もありがとな。こんな状況でも皆を護ろうとできるなんてよ…随分と先輩らしくなってきたじゃねえか」

「ふえっ?い、いえ」

「他の皆も、ご苦労だったな!急いで怪我人を四番隊へ運ぶぞ!」

「はい!」

恋次さんの声に隊員たちはすぐに反応し、皆一斉に動き出した。
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