二万打達成企画!!
□何度でも、君を ★
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「すまぬ」
「兄は……誰だ?」
四番隊救護詰所、特等病室。
知らせを受け、必死の思いで駆けつけて飛び込んだ先にいたその人の第一声に、俺は耳を疑った。
寝台の傍に立つ卯ノ花隊長が、深刻な表情で告げる。
「阿散井副隊長……朽木隊長は、記憶を失くされたようです」
「何度も確認しましたが、護廷隊のこともご自身のことも何も覚えていらっしゃらないのです」
三日前の夜。
俺は隊長、席官数人と共に現世へ虚討伐に出ていた。
相手の能力は高かったものの、特に負傷者も出ず、無事に片付けられたはずだった。
だが、虚が消滅する寸前に、最後の力で巨大な尻尾を振り放ち、それが部下の一人を庇った隊長に直撃したのだ。
幸い怪我は大したことはなかったが、打ち所が悪かったらしく、それから今までずっと意識が戻らなかった。
定時を過ぎた頃、漸く目を覚ましたと四番隊から連絡があり、俺は残った書類も放り出して無我夢中で駆けつけた。
だが―――――
「怪我は軽いものでしたし、恐らくは一時的なものと思われます。ですが……今の段階では、記憶が完全に修復される保証はありません」
別室へ通された後、卯ノ花隊長が厳しい表情で話した。
「何か……俺等に出来ることはないんスか!?」
俺はいてもたっても居られず、身を乗り出して卯ノ花隊長に詰め寄る。
「口惜しいですが……こればかりはどうにもなりません。様子を見て話をしつつ、徐々に記憶が戻ってくるのを待つしか無いでしょう」
「……、そう、っスか………」
「せめて過去が思い出しやすくなるよう、朽木隊長と関わりの深かった方に傍にいていただくとありがたいですね。もちろん、貴方も含めて」
意気消沈する俺を元気づけるように、卯ノ花隊長が優しく言った。
病室へ戻ると、寝台の上で半身を起こした隊長がこちらを見ていた。
「隊長」
俺は思わず呼びかけたが、隊長の目には戸惑いの色しか浮かばない。
「お前は誰だ」……そう繰り返し尋ねてくるかのように。
―――今のこの人の中に、俺はいないんだ。
胸を抉られるような痛みを感じながら、俺は寝台の傍らの椅子に腰を下ろした。
「すみません、さっきは何も話せないまま出ていっちまって……俺、六番隊副隊長の阿散井恋次って言います。一応、隊長であるアンタの副官やってます」
「阿散、井……」
「はい」
隊長は暫し視線を彷徨わせた後、不意に俯いて力無く言う。
「すまぬ。斯様に近しかった筈の兄のことを、これほどまでに忘れてしまうとは……」
「隊長……」
「だが……今は分からぬ。本当に何も思い出せぬのだ」
掛け布団に置かれた隊長の両手の拳が、大きく震えていた。
その姿は、普段の凛とした気高い姿からは想像もつかないほど、弱々しく儚げで。
それを見て、俺ははっとした。
ああ、そうだ。
不安なのは、俺だけじゃない。
自分のことも周りのことも、全く何も分からなくなってしまったこの人の方が、余程不安で心細い筈だ。
「隊長」
俺は優しく労るように、隊長の髪を撫でた。
「大丈夫です。きっと、みんなと話してればすぐに思い出しますよ」
そう言って励ますと、隊長の雰囲気が少し和らいだような気がした。
「兄は……親切なのだな。ただの副官とは思えぬ」
「!」
そうか。
恋仲だったことすらも、隊長の記憶からは消えているんだ。
しかし―――自分のことすら思い出せず不安に苛まれている今の隊長に、そこまで話すのは躊躇われた。
「………、ははっ、ありがとうございます」
俺は無理矢理笑顔を作り、元気な様子を見せた。
「いつ戻んのかな……隊長の記憶」
六番隊舎への道を歩きながら、俺は呟いた。
一番辛いのはあの人だ。それは分かっちゃいるが……どうしても心が沈んでしまう。
大事な相手の中から自分がいなくなるってのは……こんなにも苦しいことだったのか。
もうすぐ、あの人の誕生日だ。
数日前、例年誕生日当日に開かれている朽木家の宴が、何故か今年は前日になったことを知った。
少し気になった俺が、隊長に理由を尋ねてみると。
『この所我が隊は忙しく、誕生日の前後は私もお前も休暇の目処すら立っておらぬであろう。どの道、宴の日以外休めぬのなら、当日は執務室にいようと思ってな』
『………それって、当日は俺と過ごしていたいってことっスか?』
『………着飾って貴族たちの相手をするより、此処にいる方が気楽なだけだ』
顔を赤らめてそう言う隊長が、あまりにも愛しくて。
隊長の誕生日まで、残り一週間。
何とかそれまでに、隊長の記憶が戻ってくれなけりゃ……今回の配慮も無駄になっちまう。
「少しでも傍にいて、俺のこと思い出してもらうしかねえか」
本当は恋人同士だったことも話したいが、何も知らない今の隊長にそんなことを話したら間違いなく混乱するだろう。
男同士だし、身分は全然違うし、な。
それでも、何とか思い出してもらわないと……そう自分を鼓舞し、俺は隊舎への道を急いだ。