二万打達成企画!!
□湯の花、紛れ ★
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「阿近さーん、義骸のメンテナンスお願いしま……」
「お!ちょうど良かった阿散井!何も言わずにちょっと付き合え!」
「ええ!?ちょっ――」
ある日の夕方。
近くある現世任務に備えて、義骸のメンテナンスのため技局を訪れた俺は、入るなり阿近さんに強引に研究室へ連行された。
「臨床実験?」
「ああ、今、任務用のとある薬を開発中でな。一通り調合が終わったところだから実験してみようと思ったんだが……生憎めぼしい奴らは皆、局長が遠征に駆り出しちまっててよ」
阿近さんが煙草の煙を吐きながら苛立たしそうに話す。
「お願いしますよ、実験が止まると開発も止まっちゃうんです。何とか今年中に成果を上げて、予算に反映してもらわないと」
阿近さんの傍らにいた壺府も、弱った表情で頼んでくる。
その手に持った小さな硝子瓶の中には、見るからに怪しい緑色の液体。
「そういうわけだ阿散井、今すぐこれを飲め」
「嫌っスよ!何で俺が!?大体、技局の予算が減らされたのはアンタらが好き勝手し過ぎたせいでしょうが!!」
「俺らじゃねえ、局長が好き勝手してんだ!……安心しろ、タダでとは言わねえ。協力してくれりゃその薬一本やる」
「いや要らねえし!!」
「面倒臭え奴だな、じゃあ義骸のメンテナンス代タダも追加だ」
「や、でも!」
「いいから飲め。苦くもねえし、一口で十分だからよ。」
阿近さんが、壺府から受け取った小瓶を俺に差し出す。
もう何て言うか、目が怖い。とてもじゃないが逃げられる雰囲気ではなかった。
「分かりましたよ……飲みゃいいんでしょ飲みゃ」
俺は覚悟を決めて、小瓶の中の液体を飲み干した。
見た目に反して無味無臭の水のような冷たい液体が、喉を流れ落ちていく。
「………どうだ?」
「ん……いや、別に何ともないっスね」
俺は訝しく思いながら、阿近さんに空になった小瓶を手渡す。
が。
(―――ん?)
無い。
小瓶を持って差し出した筈の手が、いや腕が――見えない。
確かに腕を伸ばしている感覚はあるのだが、俺の眼下には空間しかない。
目線をもう少し下に――本来なら胴がある筈の位置に移しても、やはり何も無かった。
(―――――え?)
何が起こったのか理解出来ず、ふと傍にあった鏡を見てみると―――
阿近さんや壺府の前、ちょうど俺が座っている位置には、誰もいない。ただ空の椅子があるだけだった。
「………え………えええええ!?」
俺は鏡と、完全に透けて空間と同化した自分の身体を見比べて、絶叫した。
「お、成功か?」
「やりましたね、阿近さん!」
人の大パニックそっちのけで満足する二人。
「いやいやいや!!ちょ、何なんスか!!どういうことっスかこれ!?」
「見ての通りだ。飲んだ奴の身体を透明にする薬さ」
阿近さんが、俺がいる位置より右方向にずれた辺りを見ながら答える。
「……いや、俺こっちっスけど」
「仕方無えだろ、俺らからは見えねえんだから」
阿近さんは視線を動かさず、悠々と椅子に座って話しした。
「そいつは服用者の魂魄の色素を周りの景色と同化させて、姿を隠す効果がある。体表面から薬の成分が常に放出されるから、身に着けているものも一緒に消せるってわけだ。ただしまだ試作段階だから、効果は長くて十分が限度だな」
「はあ……いつもながらすげえもん作りますね」
「それが技局の仕事だからよ。隠密機動の関係者から、こんな感じのアイテム作れねえかって依頼があってな。たまたま似たような実験してたから作ってみたら、上手くいったってわけさ」
そこまで言うと、阿近さんは傍らに置かれていたもう一つの小瓶を、俺との間の大机の上に置く。
「ほらよ、約束だ。一本やる」
「何に使うんスかこれ……」
「あ?あるだろ使い道ぐらい。モノにしてえ女への夜這いに使ったりよ……お前、そんな相手の一人や二人いねえのかよ?」
「……………いや、それは」
いるには、いる。
けど、あの人とはもうやることやってる仲であって……
いやでも、まだまだ知らねえことの方が多い、のか?
目の前に置かれた液体入りの小瓶を見つめながら、俺は一人で煩悩を抱えていた。