二万打達成企画!!

□紅一葉
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「……これは…一体」

「はあ……人の声が聞こえたような気がして出てみましたら、この通り」

どうしたら良いか分からないといった顔で、女中がおろおろと私を見た。



既に季節は晩秋を迎え、紅葉が今年最後の盛りを見せる頃。

瀞霊廷に植えられた木々も、時折吹く秋風に揺らぎながら、その葉をひらり舞い散らせ瀞霊廷の景色を彩っていた。

その一角に荘厳に建つ、朽木邸門前。



今、私が見つめる足元には、小さな木の籠が置かれていた。

入っているのは、この場所には凡そ不似合いな――黒真珠のような大きな瞳でこちらを見上げている、白い産着にくるまれた一人の赤子。

その胸元に置かれた紙切れには、細い字で一言だけこう書かれていた。







「この子を預かってください」














「………あの、一応聞きますけど、隊長の隠し子とかじゃないんスよね?」

不躾な問い掛けをしてきた其奴を思わず睨み付けると、まるで叱られた犬のように頭を垂れる。

「……すいません」



結局、そのまま捨て置くわけにもいかず赤子を屋敷に入れたものの、どうしたものか思案していたところに、偶然職務のことで恋次が私を訪ねてきたため、この際だからと事情を話した。

このような状況にもかかわらず、赤子は私の腕の中で大人しく眠っている。

「屋敷の者によれば、まだ生後一月ほどの女子(おなご)とのことだが……」

「書き置きか何か無かったんスか?」

「先程申した紙切れだけだ。名や素性が分かるようなものは、何も……強いて言えば、産着が瀞霊廷内で作られたらしい上等な物だ。それなりの地位のある貴族の娘であることは、確かだろう」

「そんな良い家の子が、何で……」

「詳しくは分からぬが、公に出来ぬ事情があるのは間違いあるまいな。下手に事を荒立てては、かえって手がかりが探しにくくなるやも知れぬ…屋敷の者に内密に探らせて、しばらくは様子を見た方が良いだろう」

腕の中で眠る小さな赤子を見下ろしながら、私は思案しつつ言った。



すると、恋次が何かを思い出したように尋ねる。

「あっ、でも……親が見つかるまではどうします?」

「ん?」

「いや、その子。内密にする以上、この家から出す訳にはいかないんスよね?」

「……む……」


確かにそうだ。

元の身の上はどうあれ、今の此奴は捨て子に過ぎない。一枚の紙切れと共に預けられたこの屋敷以外に、身を寄せる場は無いのだ。


「この家で世話する……とか」

「馬鹿を申せ。我が屋敷に赤子など」

「けど、他の誰かに預けたら絶対噂広まりますよ?」

「……む…」

言葉に詰まり、腕に抱いた赤子を見下ろす。









すると、その時。

白く柔らかな瞼がゆっくりと持ち上がり、赤子の黒く大きな瞳が露わになった。

「うえ?あっ、うー」

赤子は声を上げ、小さな手足を動かしながら私にすり寄る。私は慣れないことに内心驚きながらも、赤子を抱き直して身体に寄せてやった。

すると、赤子は安心したように微笑み、さらに私にすり寄る。

まだ人としてはぎこちないながらも、あどけなく無邪気なその仕草に、私は知らず心が和んでくるのを感じた。


「うわっ!何だこれ、すげえ可愛い…」

恋次も緩み切った表情で赤子に見入っている。


「隊長、随分懐かれてますね」

「………なの、だろうか」

私はやや戸惑いつつ、また赤子を抱き直す。

私の上に肉親の面影でも重ねているのだろうか、赤子は無邪気に私に向かって手を伸ばしていた。





「白哉様、白哉様」

ふと、部屋の外から落ち着いた声で名を呼ばれた。

出てみると、家人頭の老爺である清家が、静かに控えている。

「どうした」

「御先代様がお呼びでございます。奥の間へお越しください」

「!………分かった。恋次、暫しこの赤子を頼む」

「えっ、は、はい!」

私はひとまず、赤子を恋次に預けて部屋を出た。











「只今参りました」

「うむ、其処へ座れ」

部屋の奥にある文机に向かい、此方に背を向けて座っておられるのは―――先代の朽木家当主であり私の祖父、朽木銀嶺。

かつて、私と同じ六番隊の隊長も務めておられたその方は、現在は一線を退かれ、この屋敷で隠居されている。



私が腰を下ろすと、銀嶺様は持っていた筆を置き、私と向かい合ってお座りになる。

背筋を真っ直ぐに伸ばし、私を見つめる瞳の光は、隊長職を退かれても尚衰えることは無い。

「白哉。何故呼ばれたか見当は付いておるかの?」

「………はい」

ゆっくりと落ち着いた、しかし重く威厳のある声でそう問われ、私は気後れしながらも一言だけ答えた。

それを聞いて、銀嶺様は深い息を一つ吐かれ、ほんの僅かに口調を和らげて仰った。









「そなた……また儂の勧めた見合い話を断ったそうじゃな。一体何時になったら嫁を貰うつもりじゃ」








見事なまでに的中した予想に、思わず溜め息を吐きたくなる。

そんな思いを隠しつつ、私は答える。

「以前も申し上げたはずです。未だ、その様な心境ではないと」

「しかし、緋真殿が亡くなって既に五十年……そろそろ新しい伴侶を迎えても良い頃じゃろう」

「いえ、まだ早いと存じます。先の戦いの影響で護廷隊の執務も立て込んでおりますし、そのようなことを取り沙汰している状況では……」

「そうは言っても、朽木家当主ともあろう者が何時までも独り身でどうする。
それに世継ぎじゃ。尤も此方は、いざとなったら分家から養子を取っても良い、過去にも例のあることだが……しかし、やはり儂やお前の血を色濃く引いた後継が欲しいからな」

「銀嶺様。我が朽木家は霊力を以て死神の務めに奉仕する身。妻を娶るより、武勲を上げることこそ当主の名誉にございます」

私が迷いを見せずにそう言うと、銀嶺様は何故か探るように私を見つめられた。

「ほう…尤もらしいことを言う。しかしそれは本心ではあるまい」

「は………?」

「白哉、少し前から思うておったが」

銀嶺様は突然身を乗り出し、声を落とされる。




「そなた、恋い慕う者がおるじゃろう」

「!?」

「図星か。儂や家人たちに知らせまいとしていたところを見ると……名を出せぬ家の相手か、若しくはまた流魂街の生まれの者か」

「まさか、そのような」

「儂に隠し立てなど詮無きこと。相手の目星が皆無なわけでもなし……しかしそなたも相変わらず、澄ました顔をして熱しやすい性格じゃの」

「爺様!!っ、」

動揺して幼い頃の呼称が口を突いて出てしまい、私は顔に熱が集まるのを感じた。

「はは、当主の座を譲って数十年経つが、未だに変わらんの。だから無理をして変えずとも良いと言うたに」

「……失礼いたしました」

「まあ良い。お前の生真面目で使命感の強い性格は、確かに死神の鑑に相応しい。しかしどちらにせよ、当主が男やもめのままというのも張り合いが無かろう。もう一度、よく考えてみるが良い」

「…………承知しました」

私は反論も出来ず、ただ頭を下げた。
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