三万打達成企画!!

□恋色浴衣
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「…………………遅い」

静寂と夕暮れの光に包まれた執務室で、私は一人呟いた。



本日は、隊員の行木と新入隊員三十名が討伐任務に出た。

事前情報と異なり巨大虚が出現し、負傷者も出たと報告を受けている。討伐の詳細を説明した報告書を行木が提出することとなっているが、定時を回って暫くしても来る気配が無かった。

九席の銀に様子を見に行かせたが、彼女も戻って来ない。生真面目な上位席官で、隊長命令を無視するような者では決してない筈なのだが…

恋次も今は、討伐における事前情報の誤りを報告するため、技局へ出向いている。執務室には私しかおらず、他に頼めるような隊員の姿も部屋の傍には見当たらなかった。


「……仕方ない」

一段落した書類を机の脇に退け、私は立ち上がった。












行木が所属している小部隊の職務室へ行くと、新人隊員と思われる娘たちの声が扉の外へと漏れていた。

「副隊長、ホントカッコ良かったんだから!もう私、今週めちゃくちゃ仕事頑張っちゃう!あー、この機会に副隊長とお近づきになれないかなあ。彼女とかいるのかな……」

「あ、それ私も気になる!それに朽木隊長も、奥様が亡くなられてからずっと独り身でいらっしゃるわね…あの綺麗なお顔を毎日お側で見られたら、きっと最高だわ!」

「馬鹿ね、朽木隊長はレベルが高すぎよ!確かにカッコ良くて素敵だけど……私たちみたいな普通の死神なんて、一緒にお仕事できるだけ幸せだと思わなきゃ。ですよね、理吉先輩?」

「え?あ、う、うん!そうだね」

色めき立つ娘たちと、その勢いに押されて狼狽える行木の声を聞き、私は溜め息を吐く。

(………全く、今年もか)


決して元来不真面目な者たちではないというのに、どういうわけか我が隊に入る者たちは、私を見るなり骨抜きになってしまう者ややたらと色目を使い始める者たちが男女問わず多い。

死神を志望する者の中には、私や隊長格たちの財力や地位目当てて近づいてくる不貞の輩もいる故、入隊時にはそうした浮ついた思想のない者たちを入念に選ばせている。特に六番隊は規律が厳しい故、理性や判断力に自信がある者が中心となっている筈なのだが……

恋次が入隊した後は、彼奴に憧れて六番隊を志望する者も出始めた。彼奴は元から人気のある死神だった故不思議は無い。だが人当りも良くなく頑なで、決して人に好かれるような質ではない私にまで近づきたがる者たちが出てくるのは、どういう訳だ?

恋次にもそのことは告げたが、「自覚ないんですか」と訳の分からぬ返答が返ってくるばかりで…


訝しく思いながらも、ともかく中へ入ろうと扉に手を掛けた時。







「馬鹿ね、貴方たち。そんな軽い気持ちで狙えるわけがないでしょ。隊長と副隊長は付き合っていらっしゃるのよ?お互いと」


呆れたような、しかしきっぱりとした口調で、銀の声が部屋に響く。





ガチャン!

扉の取っ手にかけた手が大きく滑り、不自然な金属音を立ててしまう。その音と銀の発言による二重の動揺で霊圧が激しく揺らぎかけたが、大きく呼吸することで何とか鎮め隠した。



「ええ!?」

「どういうことですか、銀九席!?二人は同性では…」

「いや、でも何かちょっと納得かも…」


ざわめく隊員たちの様子に、行木が慌てたような声を上げる。

「ちょ、ちょっと銀九席!何堂々と新人相手に爆弾発言かましてるんですか!?」

すると、銀は落ち着いた様子で答えた。

「去年もこんな感じだったのよ、理吉君。あの二人のことは六番隊では周知の事実だし、そして私たちみんなあの二人を応援してる。当然、新人隊員たちも六番隊へ来た以上、いずれはそうなってもらわなきゃならない。だったら、タイミングを逃さず早く話しておいた方が楽でしょ?」

「そ、それは…」

「衆道の恋を理解できずに他の隊へ逃げるも良し、納得して私たちの仲間になるも良し。はたまた、自分が新しい恋を教えるべく近づいていくも良し。理吉君は気付かなかったかもだけど、去年も色んな子がいたよ。…まあ最後は、全員例外なく私たちの仲間になってくれたけどね。

副隊長も隊長もモテるからお互い複雑かもだし、特に隊長はご自分の魅力自覚していらっしゃらないし。私たちが支えてあげなきゃ」

「はあ…そういうもの、ですか」





(……本当に、過ぎたことをしてくれる)

私は頭を抱えながらも、銀や隊員たちの心遣いには少なからず感謝していた。

いかなる時も隊長としての厳格さと責務を第一にしてきたつもりが、ここまで気遣わせてしまっていたとは……私もまだまだかも知れない。








「では、私は迎合しない道を選ばせていただきます」

その時、凛とした少女の声が聞こえた。

その声は、私がよく聞きなれた――それでいて、出来ることならあまり聞きたくはなかった人物のものであった。


「どうしたの?藤河さん」

「まさか、隊長か副隊長狙っちゃうんじゃ…」


「そのまさか、です。副隊長は気さくで面倒見の良い、それでいて腕も立つご立派な殿方…衆道などという汚れた道に落とすわけには参りません」






「そうでしょう?朽木隊長」


突然声が近くなったかと思うと、急に目の前の扉が勢いよく開かれる。私が咄嗟に一歩下がると、その向こうから人影が現れた。

大きく冷たい漆黒の瞳で、微笑みもせず黙って私を見上げてくる。


「霊圧を隠して盗み聞きなんて。銀嶺様がお知りになったら嘆かれますわ」

「……小、いや藤河」


「く、くくく、朽木隊長!?」

「やだ、すっかり用事忘れてた!隊長や副隊長の話になると、私熱くなっちゃって…」


行木や銀、他の隊員たちも、突如現れた私に驚き慌てふためく。

私は手早く用を済ませようと、行木に声をかけた。

「行木、頼んだ報告書はどうした」

「は、ははい!すみません、ここに!」

「…確かに受け取った。兄等、職務が済んだら、今日はもう帰るが良い」

「はいっ!お、お世話になりました!失礼しますっ」

私と目を合わせようとしない行木、恥らうように顔を赤らめている新人隊員たち、そして意味ありげな視線を送ってきた銀も、皆手荷物をまとめると部屋を出て行った。





部屋を静寂が包むと、私は少しの戸惑いを感じつつ、目の前の少女を見遣る。

「……久しいな、小春。入隊式からこれまで話す機会があまり無かった故」

「ごきげんよう、朽木隊長…いえ、お兄様。護廷隊での貴男の評判は昔から聞き及んでおりましたが、よもや斯様なことで隊の方々に心配をおかけしていようとは」

「職務には影響が出ぬようにしている。あくまで、個人的な付き合いの域だ」

「くれぐれもお気を付けくださいませ。そのようなことでは……私も今まで張り合ってきた甲斐が無いというもの」

無感情だった小春の瞳に、一瞬鋭利で獰猛な光が宿る。それは彼女の可憐な容姿にはまるで似つかわしくない、気迫と野心に満ちた光だった。


(まさか……隊舎でまで此奴のこの目を見ねばならないとは)










小春は我が朽木家の遠縁に当たる家の長女で、年は大分離れているものの私とは幼い頃から交流があった。

私が緋真と婚姻したことで破談になってしまったが、かつては家同士が決めた許嫁だったこともある。


昔はよく共に遊び、時には夜一との鍛錬に立ち会わせ、当時兄弟のいなかった私は妹のように親しく彼女に接していた。早くから朽木家の中で跡取りとして育てられ、話し相手が少なかったせいでもある。

また、小春自身に友人が出来にくかったことも一因だった。幼い頃から己の考えを隠すことが苦手な性分で、他人に対しても全く遠慮の無い物言いをするため、同年代の子女たちの中でも敵を作りやすく孤立することが多かった。しかし、他人に媚びるのが何より嫌いな私と天真爛漫な夜一は、斯様な小春にも気にせず接していたため、日頃は愛想の無かった彼女も私たちにはよく懐いていた。


しかし、小春の父で藤河家の現当主に当たる人物は、野心家で強かな男として名が知れていた。没落寸前であった藤河家を数十年で立て直し、その過程で対立するいくつもの貴族の家系を潰してきたとされる。内心では、朽木家に対抗できるほどの力を藤河家に蓄えることを目的にしているともされていた。

それ故、小春を含む彼の子供たちは、物心ついた頃から常に私と比較されて育った。霊力の高さ、剣術の才、日常の所作の清廉さまで、全てにおいて私を基準とすることを求められていた。そのことと元来の負けず嫌いさも相まって、いつからか小春は、私を敵視し何かにつけて張り合ってくるようになった。

会う度に剣の立ち合いを申し込まれ、書物を読んでいれば無理矢理傍に割り込んできて共に読み始め…
それならまだ良いのだが、「咄嗟の状況判断も能力のうち」と称して出会い頭に鬼道を撃ちこんできたり、ある時などは授けられたばかりの副官章を強奪され「瞬歩勝負」と称して丸一日鬼事を強いられたり……命の危険を感じたこととて数知れない。


手痛く退け、もう二度と近寄るなと恫喝するのは簡単だ。だが、幼い頃から私と比較され続け、父親に過度の期待を背負わされてきた彼女の境遇を思うと、邪険に扱うのも気が引けた。

また、かつて私や夜一の鬼道を目にして無邪気に喜んでいた幼子の姿が未だ頭にあり、根は素直で可愛らしい娘なのだ、もしかしたらふとしたきっかけで当時のような良い関係が再び築けるかも知れない…という意識もまだ心にあった。

それ故、私自身適切な接し方が見いだせず、いつからか自然と距離を置くようになっていた。




だが、此処ひと月ほどの間に、隊員たちが小春についてしきりに話す様子をよく目にするようになった。

「藤河さんって、最初は完璧主義で怖い人かと思ってたけど、意外にいい子だったのね」

「いつも仏頂面なのに、ちょっと笑ったりするとすげえ可愛いよな」

隊員たちに好かれ始めている様子に安心しながらも、その急な変化には少し疑問を感じてもいた。




「……小春。兄は近頃、隊員たちと急に打ち解けてきたようだが……何か良い契機があったのか?」

何気ない風で尋ねると、小春からは意外な答えが返ってきた。


「ええ……阿散井副隊長に良くしていただいたおかげです。私がいつも一人で稽古をしていたところを、ある時お見かけなさって…それ以来、私が皆の輪に入れるよう、何かと手助けしてくださったのです」

「……恋次が?」

初耳だった。

私は今まで、恋次の口から小春の名を聞いたことは一度も無い。それほど懇意にしている部下がいるならば、今までは話の端程度にはいつも上っていたのだが。



私が考えていると、小春は不意に私の脇をすり抜け部屋を出て行こうとした。

「!待て、何処へ……」

「修行場です。これから副隊長に、お稽古を見ていただくお約束となっておりますので」

「?このような刻限に……一人でか?」

「ええ。ここしばらく、副隊長には頻繁にお稽古を見ていただいております。始解を習得する際にも、大変親身なご指導をいただきました」

「………何?」

聞いていない。私は今度こそ強い疑問を持った。

昨年の新人隊員たちにしても、恋次は特に見込みのあるものには自ら積極的に鍛錬の指導をしていた。その際には隊長である私にも、それらの隊員は素質があるから何かの際には注意をして見てほしいと、それぞれ報告をしていた。

だが、今回は一切何も聞いていない。小春は同期の中では元より卓越した腕を持つ故、始解習得の話も耳に入っていたが、それに恋次が絡んでいたことは全く知らなかった。

一体、何故――――――?



「では、ごめんあそばせ。お兄様」

小春は私に向かって会釈すると、静かに扉を開けて出て行った。






その後暫く、私はその場で考え込んでいた。

恋次は何故、小春とのことを私に黙っていたのであろう。

いや、必ず話さなくてはならぬようなことではないが、それにしても……定時後二人だけで稽古などとは。

入隊してまだ五ヶ月だというのに、何時の間にそこまで親密な仲に……これまで、彼奴の口から小春の名が出たことなど一度も無かったというのに。

「……職務を終えたら、様子を見に行ってみるか」

不穏に揺れる思いを抑えながら、私は部屋を後にした。
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