小説2

□彼の、秘密。
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この前の事だ。面白い噂話が耳に入った。
なんとなく、予想はしていたんだけど少し驚いたね。「笑っちまうよな」
助手席に座るギアッチョがほくそ笑んだ。
「ボスの愛人ってワケか。スクアーロ」
「ああ」
親衛隊の、あの男…スクアーロ。この前どこからともなく入ってきた話だ。
ボスの、体の相手をしていると。お妾さんって事か。
「俺は、親衛隊はそうなんじゃないかと前から思ってたんだがな」
あっさりとそう答える俺を見て、ギアッチョは意外そうにこちらを向いた。
「そうなのか?」
「あんな綺麗な顔した奴らだからな。もしかしたら、そういう事なんじゃないかと思ってた」
「そう言われてみりゃそうかもな…」
「ただ、俺はそういう事になってるんなら、あの銀髪のほうかと思ったがな」
「はは、だよなぁ!?」
ティッツァーノ。俺はあいつが嫌いだ。あの二人組そのものが、お高くとまっていて気にくわないんだが、あいつは特別に。
その相棒のスクアーロ。俳優みたいな男前…が、よく見りゃまだ幼くも見える。そのくせ、いつもすました顔をしてやがる。暗殺チームの俺の事なんて、まるで道端の物乞いでも見るかのような目で見下している。
「あいつは…スクアーロは、お前と同い年くらいだろうな」
「ん?そうだな」
「可愛い顔してる…」
一瞬にしてギアッチョの表情が変わる。
ああ、しまった。
「はは、悪い。拗ねるなよ。俺にはお前だけだ」
ちょうど信号が赤に変わった。
彼の体を抱き寄せ、キスを交わす。
「お前が一番可愛いよ」
「あんな奴と比べんなよ。…ただの、淫売じゃないか」


その日の夜。久しぶりの休日で昼まで寝たせいか、なかなか眠れなかった。ギアッチョは隣で寝息をたてている。
ふと、昼間の話を思い出した。
スクアーロ…。ベネチアで優雅に暮らし、たいした仕事なんかしていないだろう。良い身分じゃないか。なぁ?
猫みてぇなクールな瞳。俺と会った時は、ニコリとも笑った事がない。綺麗な金髪に、眩しいくらい白い肌。細くて引き締まった体…。
どんな顔してボスに抱かれてるんだ?
ボスの前では売女みたいなだらしねぇ顔を見せるのか。喜んでしゃぶってんのか?
脳裏に、得体の知れない、顔の見えない男に犯されるあのガキの姿が浮かんだ。
プライドの高そうなあいつが、ぐちゃぐちゃに犯されて泣いている姿は、ひどく滑稽で。
次第に下半身が熱くなる…。散々、好き放題にあいつの痴態を思い浮かべた。


それから一週間ほど経ったある日。一人のターゲットを始末した。今回の任務は厄介なもので。ターゲットは幹部…古株のお偉いさんが組織を裏切ったのだった。
任務は遂行した。完璧にだ。ボスへの報告…と言っても、直接ボスに会う訳ではない。
こいつら…親衛隊への報告だった。
「ご苦労様です」
偉そうに報告書に目を通したティッツァーノが呟く。能面みてぇに、表情を変えないまんま。
いつもの事とはいえ、胸クソが悪いのに変わりはない。
デスクチェアーに腰かけたスクアーロ…こちらを振り返る事もなく、資料に目を通していた。
端正な横顔。色が白いもんだから、うなじから首筋にかけてのラインがいやらしく目に付いた。
報告書を手にしたティッツァーノが部屋を去った。続いてスクアーロも立ち上がる。
「なぁ」
声を掛けると、返事もせずに俺を見た。
相変わらずだ。完全に、舐めた眼差し。目の前に立つと俺と変わらないくらいの背丈。露骨に目が合う。シトラス系の香水の爽やかな香り――。
「あんた達に会うのは久しぶりだな。最近はどうなんだ?幹部の裏切りだったんだ。あんたらも仕事にちょっとはトバッチリくらったんじゃないのか?」
お前には関係ないだろう、と言わんばかりに、ああ、とだけ頷くスクアーロ。
立ち去ろうとする彼の腕を掴んだ。
「何だ…!」
「…じゃあな、プッターナ(淫売)」
途端、彼の目の色が変わる――。
どういう事だ、と目を見開いたかと思えば、すぐに察したのだろう。屈辱に満ちた顔で俺を睨んだ。
…たまらないね。こいつが俺にこんな顔を見せたのは初めてだ。
「またな」
笑って俺は家を出た。
これまでは、こいつらと顔を合わすのなんざ嫌で嫌でたまらなかったけれど。
面白くなりそうだ。
そう思った。


END

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