小説

□淡い記憶の中の君は
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寝苦しい夜だった。
6月になったばかりの事。部屋の空気は湿っぽく、この季節は嫌いだった。
深夜、原稿を描き終えた僕はベッドに横になっていた。
なかなか寝付けず、何度も寝返りをうったり、遠くから聞こえてくる車の音に耳を傾けている頃。
かすかに人の気配を感じた。
気のせいか…?
そう思ったが、間違いなく誰かが僕をじっと見つめている。
新たな敵『スタンド使い』か?
いや、もしかして…
先日、暇潰しに見たテレビのホラー特集を思い出してしまい、柄にもなく少し恐怖を感じ始めた頃…
「露伴ちゃん」
僕を呼んだのは、意外な事に聞き覚えのある声だった。
恐怖心は、いっきに消え去った。
「…君か」
目を開けると、そこにいたのは予想通り。
「ごめんね、恐がらせちゃった?」
鈴美だ。大きな瞳をパチパチと瞬きさせながら、僕の顔を覗きこんでいた。
「夜中に突然幽霊がやってきたんだ。恐くならないほうが妙だろう?まったく…急にやってきて、どうしたんだ?」
「露伴ちゃんに、会いたくなったの」
そういう彼女の顔をじっと見つめながら、僕は体を起こした。
「夜遅くにごめんね。私、この時間じゃないと無理なの」
枕元の時計を見ると、二時を少し回った頃だった。成る程、丑三つ時ってワケか。幽霊が現れるには、やはりこの時間でないといけないのか。僕には、あの世のルールはよく分からないが。
「別に構わないさ。まだ起きてたしな。ちょうど、なかなか眠れなかった所だ」
「そうだったの?それなら良かった」
彼女は、にっこり笑うとベッドの上に腰を下ろした。
「天国からも、露伴ちゃんの事はちょくちょく見てるのよ。元気にやってるみたいで安心したわ」
「まあね。近々作品がアニメ化されるし、少し忙しくなってきたけど、まぁ充実してるな。…君のほうは、どうだ?」
言ってしまってから、幽霊相手に、君のほうは元気にしてるか?なんていう質問のおかしさに気付く。鈴美はクスリと笑うと答えた。
「私も楽しくやってるわよ。パパとママと、一緒に暮らしてる…私が小学生の時に亡くなったお祖父ちゃん、お祖母ちゃんにも会えたし」
「そうか…」
彼女はニコニコとしたまま部屋をぐるっと見回すと、こう言った。
「良かったわね、露伴ちゃん。こんな綺麗で大きなおうちに住んで、漫画家になって。夢が叶ったのね」
「夢?」
「露伴ちゃん、小さい頃から大きくなったら漫画家になるって言ってたのよ?」
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