小説2

□小さな恋人
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それからしばらくは、小さなメローネとの平和な日々が続いた。
外に連れ出すのは危険があるし、基本的に家に籠りきりなのに、文句も言わないメローネは、物わかりの良い子供だ。
困ったのは、食事。俺は料理なんて出来ないし、うちに食材なんてない。いつも、メローネがしてくれてたから。
「そこのスーパー行こう!」
「おいおい、俺は飯なんて作れないぞ?なんなら近くのレストランに…」
「俺が作ってあげる!ギアッチョ、ペスカトーレ食べたいって前に言ってたよね?そうだな、アサリとエビと…」
こうなったら、やはりいつものメローネだ。俺に旨いものを作って食わせてやるのが、こいつは大好きなんだ。
スーパーの店員に、お兄ちゃんと買い物かい、なんて言われてムクれていたけれど、帰宅したら嬉しそうにキッチンに立つ。
「おいおい、包丁は俺が使うからな!」
「そう?」
うまく玉ねぎをみじん切りに出来ない俺を見かねて、メローネが包丁を取り上げた。危なっかしくて見ていられなかったが、大人と変わらない手つきで上手くやってみせた。
パスタを茹でながら、ワインが飲みたい、なんてぬかしたガキンチョを、さすがに叱りつけてやった。
ペスカトーレは上出来だった。きゃあきゃあとご機嫌のメローネと一緒に食べる。
「美味いな。やっぱりお前の飯、すげー美味いや」
「ありがとうギアッチョ。愛してる!」
「お、おう」
こんなチビスケに愛してる、だなんて言われてさすがに、なんとも言えない気持ちだったが、俺も愛してると返してやると、ディ・モールト嬉しいの!とはしゃいだ。
「ギアッチョ。ギアッチョ、俺ね、幸せ!」
「えっ?」
「俺、子供の頃こうやって楽しくご飯食べるの夢だったの。だから、凄く嬉しいの!ギアッチョ好き!」
「そうか。俺も幸せだぜ、メローネ」
口のまわりにトマトソースがべったり付いたまま、満面の笑み。
「メローネ。本当に良い子だよ、お前は」


その日の夜。俺が風呂から出ると、テレビはもう消されていて、やけに静かだった。
もう寝たのかと思い、自室に向かう…。
ベッドの上。灯りもつけず、彼は膝を抱えてしゃがみこんでいた。
「メローネ?メローネ、どうしたんだ。泣いてるのか!?」
「ギアッチョ」
ヒックヒックとしゃくりあげながら、俺を見る。大粒の涙がこぼれ落ちた。
「どうしたんだよ、何があった?」
「怖いの。不安になっちゃって」
ぎゅっと俺のシャツを掴む。細い腕は震えていた。
「俺、このまま戻らなかったらどうしよう。こんな姿じゃ、ギアッチョと…俺、幼稚園児じゃないか」
「メローネ、メローネ」
あやすように、キスをする。啄むような、優しいキス。小さな唇。それでもメローネは、泣く事をやめない。強く抱き締める。
「それは…俺も考えた。大丈夫だ、メローネ。俺はお前がもし子供のままでも、愛せるよ」
「本当に?だって、俺がもとの歳になるまで、20年くらいかかるんだよ?」
「その頃には俺はオッサンだな。構うもんか。俺、俺さぁ、お前じゃなきゃ駄目なんだよ。メローネなら、どんな姿になったって愛せるから」
泣きわめくメローネは、俺の胸元にしがみついて離れようとしない。優しく、優しく頭を撫でてやる。
「大きくなるまで、ずっと…ずっと待つぜ、メローネ」
「よか、よかった。俺不安だったんだ。怖かったんだよぉ!」
「そうだよな。怖いよな…今まで泣かずに我慢してたのか?」
「だって、俺が泣いたらギアッチョ心配するから…!ふぇぇっ」
なんて、なんて優しい子なんだろう。どんな姿になっても、こいつはこいつなんだ。
いつも、俺の事を何より気遣ってくれる。
俺も気付くと、涙が溢れていた。


泣きつかれて眠るメローネの隣に横になった。
今日で五日目。そろそろだ。そろそろ、戻るはずなんだ。
だが、もし戻らなくても…俺はきっと、この小さな恋人が大きくなるまで、何年だって待つ。そう誓った。
だんだん意識が遠退いていた。
この五日間、ろくに眠れなかったんだ。そろそろ、俺も精神的にも、体力的にも限界。
指をくわえるメローネを抱き寄せて、眠りに落ちた。


夢を見た。いつものメローネが、泣いてる俺を抱き締めてくれた。
心配かけちまったな、ギアッチョ。
そう言って、俺に何度も何度もキスをくれた。
あんた、良いお兄さんぶりだったぜ!
そう言って笑うメローネは、俺の髪を撫でてくれた。
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