小説2

□鏡の中の猫
2ページ/2ページ

「よぉ」
あれからしばらく、一人でくだらない深夜番組を見ていた。
「なんだ。起きたのか?」
「…ああ。2時間くらい寝てたか」
「寝とけよ。こんな時間に目が覚めても仕方ないだろ」
「…いや、なんか寝直そうと思ったんだけどよぉ、目ぇ冴えちまったみたいでよ…って、おい。なんだコレ」
テレビの画面を見た彼は、目を丸くして驚いていた。
古い三流映画が放送されていた。字幕の文字。すべて、鏡の世界の裏返し。
「テレビまで左右ひっくり返っちまうのか。見てたら酔いそうだな、おい」
「慣れたらなんとも思わない」
物珍しそうにテレビを凝視しながら彼は、俺が横になっているベッドに腰を下ろした。
「気持ち悪いだろ?鏡の中なんてさ。ホルマジオ…よくココに入ってくる気になったな」
「ん?」
「慣れたらスゲェ居心地良いんだ。俺にはな。でもあんたは…不安になったりしねぇのか?ココには、生きてる奴は他にいないんだぜ」
「何も怖くないな」
「へえ」
「お前がいるだろ」
想像もしていなかった返答…驚いて、彼のほうを見る。
いつもの、笑った目で俺を見下ろしてるのかと思ったけれど、いつになく真剣な眼差しだった。
「確かにな、初めて入った時は…無人の世界ってのはおっかないなって思ったぜ。どこに行っても人間も動物もいねえ。なんだこりゃって。でもよ、お前がいる」
「お前残して…出ていってやろうか?」
「馬鹿。冗談よせよ。お前と二人きりって居心地良いなぁって思ったんだ。皆と一緒にいるとよぉ、騒がしいし…あいつらのペースにもっていかれちまうだろ、イルーゾォ。ここなら、ゆっくりお前と喋れる」
…なに、言ってんだ。照れ隠しに顔を手で覆う。気にせずホルマジオは「お前のスタンドは良いもんだ」なんて繰り返してた。
「でもよ、俺らしい能力だろ?俺だけの世界なんだ。俺は普段ずっと、ここに引きこもってる。誰にも関わらないでいられる、ここに。笑っちまうくらい、ネクラ。ははっ」
「そんな事ねえよ」
「そうか?」
「お前は、ここに俺を入れてくれただろ」
「え?」
「お前だけの世界なのに、俺を受け入れてくれたんだ。イルーゾォは自分を卑下しすぎなんだよ。お前が思ってるほど、お前は暗い奴なんかじゃないさ」
全く、恥ずかしい。他人にそんな事を言われたのは…初めてじゃなかろうか。だが、日頃誉められる事なんて滅多にないものだから、どうリアクションしていいか分からない。
「俺といると居心地いいって?不思議だな。あんたと俺は…性格が正反対じゃないか。でもそう言われてみりゃ、俺もあんたといると楽しいな。他の奴なら…俺の世界に入れたくなんてねえからな」
「…それは、俺を『特別』ってふうに見てくれてるって…解釈していいか?」
やべえ。もう、本当に…まだ酔ってるんじゃねえか、こいつ!
でも、スゲェ嬉しいのは事実で。それはやはり、ホルマジオだから。その通り、彼は…。
「ああ。『特別』だよ、ホルマジオ」
ぎし、とベッドが軋む音がした。そっと腕を掴まれる。
「あっ…」
唇を奪われる。思いがけない行動――。さっきまでの優しい口調とはうってかわって、少し激しいくらいの、キス。
「ふふっ」
恥ずかしさに耐えきれなくなって、俯せになって目を伏せた。そんな俺を見てホルマジオは、お前はあの猫に似てると呟いた。
「猫って、お前が飼ってる奴か?あの全然懐いてねえ。似てねえだろ」
「いや、アイツとは別に、うちに来る野良がいるんだ。毛の長い黒猫。誰にも懐かねえ野良だったけど、俺にだけ気紛れで擦り寄ってくるんだ」
「…何だそれ。ははっ」
全くおかしくなってきて、笑ってしまった。こんな可愛い事を言う一面があったなんて。
「ホルマジオ。今度あんたの家に行っていいか?」
「もちろんだ」
「あんたの事、もっと知りたいし。俺に似てるって猫にも会ってみたいな」
しょうがねえなぁ、と彼はいつもの口癖を繰り返し、嬉しそうに…本当に、嬉しそうに笑ってくれた。
「いつでも来いよ」
頭を撫でられた。ああ、荒っぽい。だから猫に嫌がられるんだとは思ったが、それさえも愛しかった。


END
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ