小説2

□若きボスと、暗殺者。
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それから、しばらく経った日の事だった。
ジョルノは珍しく荒れていた。もともと年齢にそぐわない落ち着きと知性を持つ彼だが、ギャングのボスの座は一筋縄ではいかず、日々ストレスに追い詰められた。
ろくに飲めもしないくせに飲酒したのがいけなかった、と自分でも気付いていた。この国では家で赤ワインなんか子供のうちから飲んでいるのが普通だが、つい訳も分からず飲み過ぎた。
憂さ晴らしのつもりだったが、逆に気分は沈む一方で。そんなとき、電話が鳴った。メローネだった。彼が今とりかかっている仕事の報告だった。
ご苦労様ですと伝え、携帯を枕元に放った。
玄関のチャイムが鳴ったのは、それから30分ほどした頃だった。
「メローネさん…」
扉をあけ、ふらつく足で部屋に招き入れる。
テーブルの上の空のワインを見たメローネは苦笑した。
「さっきの電話。酔ってんのかと思ったんだ。やっぱりそうだな」
「…久しぶりに飲んでたんですよ」
どさ、とソファーに座るジョルノだったが、うまく体に力が入らない。そのままソファーに横になった。
「ボスたる者は酒くらいたしなめないとな、なんて言ったけど。ちょっと飲み過ぎだな」
メローネは床にしゃがみこみ、ジョルノと目線を合わせた。
「何かあったのか?」
「いえ…その」
優しいけれど、真剣な眼差しだった。少し気まずくなったジョルノは目を伏せた。
「特に…嫌な事があったわけじゃない。なんか…疲れてしまって」
パッショーネのボス。もちろん後悔はしていない。ギャングになるのは夢だった。幼い頃、見守ってくれたあの男のようなギャングになると心に誓った。
だが、ついこの前まで普通の中学生だったのだ。
上手くやっていけるのか、これで大丈夫なのかと、不安に包まれ、自信は揺らいでいた。
「ボス。あんたは一人でいろいろ抱え込みすぎるんだ」
髪をクシャッと撫でられる。突然の事に驚きと、いかにも子供のように扱われた戸惑いを覚える。
なぜ貴方はこんなに優しくしてくれるんですか――そう問いたくなり顔を上げた時、目が合った。
優しさの中に…悲しみを湛えているかのように見えた。
哀れみ。
メローネの過去。疑問と答えが、繋がった。
「貴方は…もしかして、僕を可哀想だって思ってるんですか?」
「…ボス」
「まだ子供なのに、この世界に転がり込んだ僕を…哀れんでるのか?」
口にしてから、しまったと気付く。
いつも良くしてくれている彼に、酔った勢いとはいえ、なんて失礼な事を言ってしまったのだと。
だがメローネは、怒るでもなく、穏やかに微笑んだ。その瞳には、先程かい間見えた哀れみの色は見当たらなかった。
「ごめんな、ボス。あんたが言うように…俺は哀れんでたのかも知れねぇ」
ジョルノは何も言えず、ただ朦朧とする頭の中、彼の言葉を聞いていた。
「ボスはまだ中学生だったのに、突如こっちの世界に入ってきて…しかも、親とか…なんか複雑な家庭だったって聞いてよぉ」
幼い自分を放置して夜遊びを繰り返した母と、理不尽に殴りつける養父が脳裏に浮かんだ。

メローネさんは、同じような境遇の僕に同情していたのだ。

「でもな、ボス。俺があんたを特別に思ってんのは、それが理由じゃねぇからな」
「えっ?」
「正直、気の毒な子…なんだなって思ってたぜ。でも、あんたはスゲェ奴でもあるんだ。ディアボロを倒した…俺達が何年かかっても正体すら掴めなかった男をだ。ただの中学生がよ、自分から望んでパッショーネに入団して。普通のガキなら泣いて逃げ出しちまうような状況を乗り越えてボスになったんだ。そんなの、あんたにしか出来ない事だ。だから俺は、あんたの人間性に惚れてんだ」
「それは…ブチャラティや皆がいたから」
「ミスタに聞いた。ブチャラティは生前、ボスの事を『人に認められていく才能のある男』だと言ってたらしいぜ。間違いなく俺もそう思う。ボスは人を惹き付ける男だ」
そこまで聞いていたジョルノは、無性に胸が熱くなり――涙が零れそうになるのを必死で堪えた。泣いてはいけない。ここで泣き出してしまったら、ギャングじゃないんだと自分に言い聞かせた。
「ボスは必ず成功する男だ。不安はいらない。きっと、パッショーネはこれからどんどん良くなっていく」
「メローネさん、ありがと…」
声がかすれた。涙声なのが気付かれたかも知れない、と思った。
「だけどな、抱え込むな。俺達をもっと頼ってくれていい。俺も、俺らのチームも、ずっとあんたに着いていく」
涙が流れた。上手く言葉が見付からず、無言で見上げるジョルノの額を、頬をメローネはずっと撫でてくれていた。
「それにしても」
「はい…?」
「本当に随分と飲んだんだな。ウイスキーはまだ早いぜ。しかもコレ、ストレートで飲んだのか?」
立ち上がり、飲みかけのグラスを手に取って聞くメローネに、ジョルノはまさかの返答をよこした。
「ストレートって…何です?それ、ミスタが買ってきたお酒…割るものなんですか?」
マジかよ、とメローネは笑っていた。
よく分からなかったが、いっきに安堵したジョルノは急激に眠気に襲われた。
「酒の飲み方から教えてやらなきゃいけなそうだな」
「んー…?どうりで強いと思った…」
「寝るんならベッドで寝なよ、風邪ひくぞ」
薄れていく意識の中、毛布を掛けてくれたのが分かった。おやすみ、と告げられ、彼の出ていく気配がした。


「ただいま、ギアッチョ」
「おかえり。ボスのトコに寄ってたんだって?」
ベッドに寝転がり、テレビを見ていたギアッチョだったが、メローネの姿を見ると体を起こした。
「ああ」
上着を脱ぐと、ギアッチョにキスして隣に腰かける。
「最近さすがにちょっとまいってたみたいだからな。話、聞いてきた。まぁ大丈夫さ」
「そっか。無理ねぇな。いきなりボスになったワケだしな」
「なぁギアッチョ」
煙草に火を付けると、メローネはおもむろに問い掛けた。
「お前はボスの事どう思う?」
「ん」
飲みかけのコーラを一口飲み、少し考えてからギアッチョは答えた。
「俺は好きだぜ。まだガキだけど、あいつはたいしたギャングだよ。最初はこんな子供がボスかよって思ったけど、話してみて分かったんだ。この世界で生きてくって覚悟を決めてる男だ。覚悟だけじゃなく、実際に成功を掴んできてるしな」
「さすがギアッチョだな。俺も、全くの同感だ」
意見が一致し、嬉しくなったのかギアッチョは饒舌に語りだす。
「ボスは強い意志を持ってるよ。それだけじゃない。俺達の事もスゲェ対等に見てくれてんだ。殺し屋のチームだからって差別はしない男だ。だから俺も、あいつの事をガキだからって目で見ない。年齢なんて関係ねぇんだ」
それを聞くと、メローネは満足そうな笑顔を見せ、ギアッチョの肩を抱いた。
「その通りだ。俺も、あんたもあいつに着いていく。イルーゾォやペッシあたりは、まだ満足してねぇみたいだけど、問題ない。あいつらも今にボスの魅力に気付くさ」
「間違いないな」
メローネは再び彼にキスした。少しはにかんだ様子のギアッチョだったが、すぐにメローネの胸に頬を寄せた。
言い聞かせるように、メローネは呟く。
「きっと、これからパッショーネは、さらに成功していく。俺達はあのボスに期待してるからな」


END
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