小説2

□日常の中の、幸せ。
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初夏の事だった。汗ばむような夏日で、半袖のシャツを探したのを覚えてる。去年の夏に、メローネに選んで買ってもらったもので、お気に入り。

いつものように、二人でソファーに並んでテレビを見てた。
若手のコメディアンのトークが面白くて、爆笑する俺の隣でメローネが静かにパソコンをいじりながら、時折一緒になって笑ってた。
「なぁ、メローネ」
「ん?」
「あっちぃな。汗かいた」
「あんた汗かきだもんな。シャワー浴びてこいよ」
メローネにもたれかかる。いつもの甘ったるい香水じゃなくて、夏らしいシトラスの香りが漂った。俺の好みの香りが心地よくて、そのまま胸元に顔を埋めた。
暑苦しいだろうに、彼は嫌がる様子なんていっさい見せない。俺の癖っ毛の前髪をクシャ、とかきあげると、額にキスをくれた。
しばらくそうして甘えた後。メローネに着替えの部屋着とタオルを手渡されて、浴室に向かった。
ありふれた日常。こういうのが幸せなんだろうな、なんて柄にもなく感じた。
シャワーを浴びていると、時折外で、学校帰りの子供がはしゃぐ声と、近くの教会の鐘の音が聞こえた。
もうこんな時間か。そろそろ日も落ちて涼しくなってくるだろう。メローネと晩飯の買い物。ああ、ジェラートが食いたい!そう思った。
商店街の外れにあるジェラッテリア。俺が一番好きなのは、イチゴの。


「なぁなぁ」
髪をタオルで拭いながら、さりげなく声をかけ…一瞬、戸惑った。
メローネ。髪を一つにまとめていた。長い前髪も全て後ろに。それだけで、随分と印象が変わる。普段隠されている、オッドアイの空色の瞳。
はっと息を飲むほど綺麗。
恥ずかしいから、言わねぇけど。
「ジェラート…食いたい」
「ジェラート?ああ、あの店の?」
ドキドキして目を反らす俺を見て、クスッと笑いながら問いかけてくる。顔が赤いぜ、なんて言われたら、風呂上がりなんだから当たり前だって返してやろうと思った。
「イチゴのか?」
「ああ。ピスタチオのも気になってたけど」
「残念」
「えっ?」
メローネが、キッチンから持ってきたそれは。
「えっ、お前ソレ…!どうしたの?」
白い箱には、地元で人気のケーキ屋の名前が記されていた。
テーブルの上、箱から取り出されたのは、豪華なトルタ・ディ・フルッタ。俺の大好きなフルーツタルトだ。
「美味そうだろ。食うか?晩飯軽く食ってからにするかい?」
「今食う!」
つい笑顔がこぼれた俺を見て、メローネは本当に満足そうだ。
だが、不思議なのは、こんな何でもない日にケーキなんて?
「なんでまたケーキを?今日って、なんかあったのか?」
「今日は特別な日だろ」
「特別?」
はて、と考える。付き合い始めたのは5月のこと。少し前だ。いったい何の日だったか。メローネの誕生日じゃねえし、もちろん俺も違う。頭ん中をグルグルと、付き合いはじめてからの出来事を思い返してみたが、心当たりはなかった。
「わりぃ。覚えてないな。何の日だ?

包丁でうまくタルトを切り分けながら、メローネは微笑んだ。
「二年前の今日。あんたが暗殺チームに入ってきた。初めて、会った日なんだぜ」
「えっ…」
そう言われて、その日の事を思い出した。二年前のちょうど今頃だ。リゾットに連れられて…その時、他の連中はそれぞれ仕事が入ってて。アジトにいたメローネ。坊や、いくつだ?なんてふざけた事を聞きながら、紅茶を入れてくれたんだった。
「そっか…その。あれは、今日だったのか。6月だったのは覚えてたけど。お前、この日だって覚えてたんだ…」
「俺もね、付き合いはじめてから気になってさ」
器用な手つきでタルトを皿に分けながら、ゆっくりと彼は語る。
「去年も祝おうかと思ったんだが。あんたに初めて会った翌日にジェノバで仕事だったのを覚えてたからさ。手帳見たら書いてたし、すぐ分かったんだ」
わざわざ、この日を祝うために?胸の奥が、ぐっと暖かくなるのを感じた。まだ濡れた髪を乾かすのも忘れて、話に聞き入っていた。
「でも去年の今日、6月の3日はさぁ、あんたミラノで任務だったんだ。タイミングわるよなぁ。だから、今年こそは祝ってやりたいなって」
「メローネ」
こいつは、普段は俺をからかったり、馬鹿な事をしてリゾットやプロシュートに怒鳴られたりなんかしてるけど。
こうやって、俺を心底喜ばせてくれる。何気ない日常の中に、ぽつぽつと幸せを無償で与えてくれる。
「食おうか。ジェラートは、また明日な」
「あ、ああ…!あのさ、メローネ」
もう俺が何を言うか分かりきったかの表情で、メローネは顔を上げる。
「うん?」
「お前に出会えてよかった。ずっと…一緒にいような」
綺麗なブルーの目を細めて、彼は俺の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「俺も同じだよ、ギアッチョ」


END

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