小説2

□Cruel
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スイス。雪深い山奥にある古城。ホテルとして改築されたその建物は、閉鎖されてからは地元の人間さえも近寄る事はなかった。
そこにやってきたのは、彼ら、二人の『柱の男』――。


「赤石は…手に入れる事が出来なかったが」
もともとは大金持ちが泊まる高級な部屋として使われていたであろう一室。
彼…カーズは語り掛ける。
「あのJOJOとかいう男。たいしたヤツだ。すぐにこのホテルにまでやってくるだろう」
ワムウはこくりと頷くと、なかなか機嫌のよさそうな主人(あるじ)に目をやった。
街中を歩かねばなからなかったため、いつもの裸に近いような装束ではなく、人間と同じ服装に身を包んでいたカーズ。
慣れない格好は落ち着かないのか、部屋に入るなりコートは脱ぎ捨てていた。
シャツの向こうの厚い胸板。ぴったりとしたその服は、彼の鍛えぬかれた肉体のラインを強調して、このうえなく美しかった。
頭巾を外す――ウェーブがかった長い黒髪。さっきまでのストイックで生真面目な印象とは一変して、髪を下ろしたカーズは妖しいほどの色気がある。
「この国は…スイス、というのか。街の中の様子も随分と変わったな、ワムウ」
「はい。『車』や『鉄道』など…。このホテルは城だったようですが、二千年前とは建物さえも…」
14世紀に建てられたというその城は、古代の者であるワムウには信じられないようなセンスの建築であった。だが、それでいて朽ち果てた古城の中、豪華な柱の前に佇む主人、カーズは美しいと感じられた。
「ああ。悪趣味、だ。私には人間どもの考えている事が分からぬ」
「はい」
ソファーにドサ、と腰かけると彼は語り掛けた。
「近辺に住む者達を吸血鬼に変えてきたんだ。JOJOと、その仲間。我々が手を下すまでもない。奴らに相手をさせろ」
「あの脱獄囚の他にも、もう既に吸血鬼に?」
「ああ。食料にしても構わん」
カーズは――人間の命など石ころ同然にしか見ていない。冷徹なのは人間だけに向けたものではなく、彼は両親や同胞さえも殺めた。これを残忍と言わずして何と言おう。古代の人々や同胞は彼を悪魔と恐れた。
「街も、景色も…何もかも変わったが動物や花は変わらぬ」
暖炉の火がぱちぱちと音をたてる中、『悪魔』は静かに語る。
「この寒い中…野良犬を見かけた。人間に捨てられたのかも知れんな。哀れなものだ」
ワムウには――彼が決して残酷なだけの魔物とは思えなかった。
遥か昔…。そう、人間にとっては気が遠くなるほどの昔だ。内乱の続くローマ帝国。荒れ果てた村に咲いた花。名前さえも知らないような野草だが、それを見つめるカーズの目は、いつになく優しかった。
「カーズ様は…。動物を愛でておられますね」
フンと苦笑いして、愛でるという程のものではない、と否定されたが、つい先ほど野良犬の事を語る時、彼の表情からは、あの時のように険がとれていたのをワムウは見逃さなかった。
「ワムウ。何を考えている?」
「あ、ああ…いえ」
心のうちを見透かしているかのように問われ、ぎくりとする。
鋭い眼差しが遠慮なくワムウにぶつけられる。一瞬の沈黙のあと、カーズは口を開いた。
「まさか…またセンチな情に浸っているのではないだろうな?子供を殺せんと、躊躇った時のように。ワムウよ」
「カーズ様…」
「うん?」
漆黒の瞳。獲物を見据える鷹や蛇の目を彷彿とさせる。
言えない。その瞳で見られると、ワムウには何も言えなかったし、彼の心は読めない。
カーズ様、貴方は――。言い掛けて、ワムウはやめた。
それを問う事はせず、部屋を出た主人の後ろ姿を、ワムウは物言わず見つめていた。
外は雪が降り続く。白銀の世界は大層美しいと話には聞いていたが、太陽のもとに出る事は叶わない我々には見る事の出来ぬ景色だと、ふと思い知らされた。


END

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