小説2

□完璧な、ひと。
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「終わったな。帰るぞ」
くるり、と背を向けて彼はそう呟いた。
スーツの後ろ姿が色っぽいと思った。彼――プロシュートはいつも高そうなスーツでキメている。こんな仕事なんだから、返り血を浴びたりするの事もあると分かり切っているのに、それが彼のこだわりなんだろうと思ったら面白い。
もっとも今回の任務は、服を汚す事もなく終えたのだけど。
「ああ。すぐ行くさ。しかし…豪華な部屋だな、おい」
室内を見回した。組織の金を横領した幹部の家。趣味の良いインテリアと、高そうな調度品が並んでいた。
が、磨き上げられた床に転がる死体が3つ。幹部と、その妻と、母親。
幹部も嫁さんも、醜く老いてひからびていた。幹部の口元に抜け落ちた歯が転がっていたうえに、嘔吐しやがって顔面は吐しゃ物にまみれていた。
仰向けに倒れた母親は、もともとババアだったもんだから、まるでミイラだ。笑っちまう。
「なぁ。あんたのスタンド。凄く…グロテスク、だよなぁ」
その言葉に彼は少し顔をしかめると、チラと俺を一瞥してから、自身のスタンドに目をやった。
グレイトフル・デッド。足はない。下半身にあるのは不気味な触手だけ。両腕で這うように歩く。身体中の目が俺を見つめていた。
グロテスク…なのは、こいつだけじゃない。この光景そのものがそうだ。
醜く老いた複数の死体と、異形のスタンド。悪臭の漂う室内。凄惨たる光景の中、プロシュートだけが美しかった。
何も言わず俺を見つめる碧眼。長い睫毛と整った顔立ち…とはうらはらに、長身で体格や身のこなしなんかはとても男っぽい。口を開けばチンピラのごとく荒っぽいけれど、不思議と品があるように見えるのは、美しすぎるせい。
「あんた、本当に凄いね。今回の任務も完璧だ。ものの10分もかからず終わらした」
「相手がスタンド使いじゃなけりゃ、こんなもんだろう。直に体に触れてやれば一瞬だ」
「まあね。…表情も変えねえで次々と殺してったな。たいしたもんだよ」
内ポケットから煙草を取り出した彼は、それに火をつけて俺を睨む。何が言いたい、といった顔で。その仕草全てが魅力的だった。そのへんの女なら一目で惚れちまうに違いないと感じた。
「あんた、でも優しいよなぁ」
「何がだ」
「あいつだけはさ、俺にやらせただろう?」
俺の視線の先。開けっ放しのドアの前に、クマのぬいぐるみが転がっていた。
この屋敷に侵入して…。部屋に入ると同時にプロシュートはスタンドを出した。ババアが真っ先に倒れた。うずくまって動けなくなった幹部と嫁さんの体に触れると、たちまち二人とも息絶えた。
俺の出番はなさそうだ。そう感じた時、隣の部屋からコイツがやって来たんだ。
ぬいぐるみを抱えたガキ。幼稚園児くらいの男のガキ。
ガキの顔を見た瞬間、プロシュートは俺に目で合図した。
俺のベイビィ・フェイス。彼以上に、一瞬で殺せる。痛みや恐怖なんか、感じる間もないだろう。
ガキは俺が始末した。チェックのパジャマごとバラバラさ。ぬいぐるみだけが、ポンと転がった。
「格好よくって、仕事は完璧にこなしてよぉ…そのうえ、優しいんだ。かなわねぇよなぁ」
「何言ってんだ。帰るぞ!」
煙草をテーブルの灰皿に押し付けると、彼は怒鳴った。いつもの事だ。綺麗な顔に似合わず、本当にガラが悪いんだ。
「この後さ、アジトに寄って飲まないか?今日はアジトにはきっと誰もいない」
「あのマンモーナ(ママっ子のお嬢ちゃん)が待ってるだろう。早く帰ってやれよ」
「おいおい、せめてマンモーニ(ママっ子の坊や)にしてやってくれよ!あの子はネコだけど女扱いすると怒るのさ。大丈夫、今日はギアッチョはイルーゾォと飲みに行ってんだ」
それを聞いて鼻で笑った彼は、一杯だけだぞ、と部屋を後にした。
彼のあとを追う。
後ろ姿の背中は格好いいけれど、ひどく哀しげだった。



END

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