小説2

□Sposa di giuguo
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お気に入りのバールでエスプレッソを飲んでると、電話が鳴った。恋人、メローネから。今帰ってきた、と。
俺もすぐ行く、と伝えて電話を切り、店を出た。
6月。初夏の陽気。この時期のネアポリスは爽やかな風が心地よくて、大好きだ。
ジューンブライドだなんて言う通り、イタリアも6月は結婚式をよく見掛ける。この国じゃあ街角を行くウェディング姿も珍しくない。教会の前。純白のドレスを着た花嫁が幸せそうに微笑んでいた。家族や友人に囲まれて笑うそいつらを見てたら、柄にもなく俺も幸せを感じた。


「なぁ、後で飯食いに行こうぜ?この前の店。先週行こうって言ってたのによ、なかなか忙しくて行けなかっただろ」
「よし。外食は久しぶりだな。あの店はギアッチョの好きなワインもあるしな。飲みすぎんなよぉ?」
「飲みすぎねぇよ!」
ソファーに座るメローネの膝枕でじゃれる。
まるで猫の子にするように、俺の髪を、頬を撫でるメローネ。首筋に触るのは勘弁してほしい。くすぐったいったら!
「さっきよぉ、結婚式見掛けたぜ」
「へえ、俺も昨日見たぞ。やっぱりこの時期は多いな」
「俺らもよぉ、ほとんど結婚してるようなモンだよな。一緒に暮らしてるしさ。お前いつも飯作ってくれるしさ」
「こら、俺を嫁さん扱いか?」
「はははっ!」
メローネの手に頬擦りする。甘ったるい香水の匂い。昔はきつすぎて苦手だったけど、今じゃ大好き。手の甲にキスしてやると、嬉しそうに笑ってくれた。
さっき見掛けたカップルみたいに、俺達は結婚できねぇ。男同士だし、こんな仕事をしている身で、同性結婚出来る外国に行ってまで籍を入れるのなんて、到底無理。
でも、今のままで俺はじゅうぶん幸せ。一緒に暮らして、一緒に飯食って同じベッドで寝る。メローネの笑顔を毎日見てる。それだけで満足なんだ。


そんなある日。俺はメローネを喜ばせてやりたくて、珍しく台所に立った。
普段はまず料理なんてしねえんだけど、前に飯を作ってやったら(とは言っても、野菜を炒めただけだ)美味い美味いと喜んでくれたのが嬉しくて。
今日作ろうと思ったのは、カルボナーラ。いつもメローネがやってるみたいに、ベーコンをオリーブオイルで炒めて、白ワインで香り付け。そこまでは…良かったんだ。もしかしたら上手くいくんじゃねえか!?と。
メローネに褒めてもらえるだろうと期待してたんだが…なんで卵ってのは、すぐに固まっちまうんだ?
「…これ、いり卵じゃねえか」
呆然としていると、バイクの音が聞こえた。
最悪だ、大失敗…!
「ただいまー、ギアッチョ」
「メローネ…」
台所にいる俺を見て、珍しそうにメローネはやってきた。そしてフライパンをチラリと見て、苦笑い。
「晩飯…作ってくれたのか?」
「メローネー!カルボナーラ、難しかった…」
情けないガキみたいな声で呟く俺を見て彼は、「前に俺がカルボナーラ食いたいって言ったの覚えててくれたんだな」と笑ってくれた。
「失敗しちまった…くそ、卵固まっちまってさぁ…俺お前にカルボナーラ食わせてやりたかったんだよぉ」
「本当嬉しいよ!カルボナーラは難しいからなぁ。ありがとな、ギアッチョ。頑張ってくれたんだな」
頭をポンポンと撫でられて安心した。失敗したのに、喜んでくれたのが嬉しいけれど、上手に作って、美味い!ってもっと喜ばせてやりたかったんだ…。
「本当に可愛いな、俺のお嫁さんは」
「えっ?」
「来て」
リビングに行く彼の後を追うと、ソファーの隅に、メローネが帰宅してすぐそこに置いたと思われる、彼の鞄がある。
「ほら」
メローネが鞄から取り出したのは…。
「えっ、お前…」
指輪ケース。胸が激しく高鳴った。
突然すぎて、失敗した料理の事なんて頭から消えてしまった。ゆっくりと、ケースを開く。
「わ、すげぇ!」
シルバーの、クロスデザインの指輪。裏側に「G」のイニシャル。俺の好みの、シンプルでお洒落なものだった。
きっと嬉しすぎて俺の頬は真っ赤に染まっていただろう。おそるおそるはめてみると、サイズもぴったりだった。
「良かった。ちょうど良いな。サイズ分からなかったからさ、たぶんそれくらいだろう、って買ってきたんだ。ははっ!」
そう言うとメローネは、さらっと手を見せた。さっきまでカルボナーラに気をとられて全然気付かなかったが、彼の指にも、同じものが光ってた。
「ペアリング。なぁ、お前この前結婚式を見掛けたって言ってただろ?」
そう語る彼は、いつも以上に凄く優しい表情で。
「本当に結婚するのは厳しいけどさ。それ、結婚指輪にしてもいいくらいだって思ってる。そういや俺達ってお揃いのモンって持ってなかったしな」
「メローネ、スゲー嬉しい…」
「ギアッチョ」
俺より少し背の高いメローネを見上げると、さっきまでの穏やかな目に、少し真剣な色が見えた。
「これからも、ずっと俺と一緒にいてくれるか?」
「メローネ…」
嬉しくて、嬉しくて。ぎゅうっと抱き付いた俺をメローネは強く抱き締めてくれた。
「ずっと、ずっと一緒にいるっ!メローネ、好き…!」
「良かった。俺も大好きだ」
ああ、もう。今日は俺が喜ばせてやろうと思ってたのに、これじゃあ逆だ。
最高の、最っ高のプレゼントだよ、メローネ。
「ありがと、メローネ…愛してる」
「俺も」
顔を上げた俺にメローネはキスをくれた。
この幸せが永遠に続くようにと願った。
今日は今まで生きてきた中で、最も幸せな、記念すべき日。


END

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