小説2

□描かれた彼女は。
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10月にしては暖かい日の事。
昼下がり、岸辺露伴は、お気に入りのカフェで編集者、泉京香と打ち合わせの最中だった。
「先生、この前の画集本当に素晴らしいですねぇー。映画も大成功だし、画集も凄い売れ行きで!」
「ん。画集は昔から出してみたかったからな。ファンに評判みたいだし、嬉しいよ」
コーヒーを飲みながら、そう語る露伴は穏やかな笑みを浮かべていて、機嫌が良さそうだった。
いや、今日に限らず少し前から人当たりが良くなったというか、以前の高飛車な態度は随分と丸くなった気がした。
何か良い事でもあったのかしら。ずっとこの調子でいてくれたら良いんだけどなぁー。…そんな事を考える京香だったが、彼女はなかなかにたくましい。
この偏屈な漫画家相手に、疲れる事なく会話を交わし、むしろ物怖じする事なく気さくに楽しんで話すのは、編集部でも京香くらいのものだった。
「ところで先生ー」
「何だ?」
「画集…あの女の子の絵が私、すっごく!好きなんです。先生、単行本の余白のページにも同じ女の子描かれてますよね。ちょっと雰囲気が違うけど同じ子でしょ。あれ、誰なんですかぁー?」
「うーん…」
普段、どんな突っ込んだ事を聞いてもさらりとかわすか、もしくは饒舌に語る露伴が珍しく言葉を詰まらせる様子を見て、京香は内心しまった、と焦った…が、すぐに彼はいつもの調子で語りだした。
「それ、ファンの間でも話題になってるんだぜ。繰り返し僕が描くあの女性は、もしかしたら岸辺露伴の恋人なのか…なんて騒いでる奴もいたな。もちろん、彼女とかじゃない」
「そうなんですか」
頬杖をつき、悪戯っぽく笑う彼はウェイトレスに二杯目のコーヒーを注文すると、京香の質問に答える。
「あの子はね、僕が…うん、昔から理想に描いてる女の子を描いてるだけで、ね」
「えーっ!なんか…びっくりしましたぁ」
「何がだよ?」
「いえ、先生の口から理想の女の子って言葉が出るなんて…ねえ?あはっ!」
子供のようにきゃあきゃあと笑う京香だが、露伴は別に嫌な気にはならなかった。
いまだに女子高生のような口調で喋り、少々馴れ馴れしい所もある京香だが、それは決して悪意などではない。明るくストレートな性格からくるものだったし、彼女も編集者であると同時に、彼の作品のファンなのだ。故に、純粋な好奇心から彼の描いたものについて、こうやって尋ねてくる。
露伴はそのあたりも、きちんと分かっている。
「ほら、僕の描く漫画に出てくる女性キャラは美人だけれど、一癖も二癖もある女ばかりだろ?やっぱり、ああいう感じの、本当に可愛らしい子も描きたいんだよ」


帰宅した露伴は、自身の画集を手にとった。
京香との話を思い出す。
彼女じゃない。それは間違いない。
ある意味、恋人よりももっと思い入れのある少女なのだ。描くたびに印象が変わってしまうのは、少女が今となっては身近にいないから。露伴は、彼女の写真さえ持っていない。
脳裏に浮かぶ彼女を想いながら描くが、そのたびに上手く彼女を表現出来ず、ある時は無垢な少女のように描いたし、逆に芯の強い眼差しを持った、凛としたお姉さん…そういうふうに描く事さえあった。
だが、今回の画集――やっと、本当の彼女のイメージが上手く表現出来たと、露伴は自負していた。
画集を開く。
ピンクダークの少年の主人公の決めポーズの絵。悪役の男達が並ぶ絵は以前、カラー表紙に描いたもの。全て、見事な色使いと構図の、芸術品と評するに値するものだ。
ページをめくる。
そこに描かれていたのは、淡い栗色の髪をカチューシャでとめた、白いワンピースの美少女だった。
少女らしく初々しい可愛らしさと、その微笑みは何もかも受けとめてくれるような優しさに溢れていた。


「なぁ、天国でこの画集見てくれたか?本当に、自信作なんだぜ」
そう呟くと、彼は満足気にパタン、と画集を閉じた。


END

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