小説2

□記念日の、彼ら。
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その日も、いつものように、カフェに皆が集まっていた。
ミスタとナランチャは相変わらずくだらない事で盛り上がっていて、たまにフーゴがそれに突っ込みを入れる。
いつもの、平和な日常…なんだが、俺はあまり気分が乗らなかった。
ブチャラティ。もともと彼は饒舌に騒いだりするような性格ではなかったが、今日はさらに無口だ。
疲れているのだろう。
静かにコーヒーを飲む彼は、ワインで少し酔ったミスタにしきりに話しかけられても、軽く頷いて笑顔を見せるだけだった。
「さて、と」
そんなブチャラティが不意に立ち上がる。
「ちょっと用があるんだ。すまないな。俺は先に帰るよ」
「なんだよ、ノリ悪いなぁ、ブチャラティよぉー」
不服そうに絡むミスタに、悪いな、と苦笑いして返す。
彼は忙しい。組織の仕事に加え、街の者からも、息子に暴力を奮われるだの、娘が悪い輩と親しくしていて困るだのと、いろんな相談まで受けている。
きっと、今日もそんな用事に追われているのだろう。
「…あぁ、ブチャラティ。その、お前がよぉ、街の奴らに慕われてんのはよく分かるけどよ」
我慢できなくなった俺は、つい口を挟んでしまう。
「あんまり無理すんなよ?最近ちゃんと寝てんのかよ」
「…ああ」
俺を見て、いつものように笑顔で答えるブチャラティ。
「ありがとう。心配する事はないさ。大丈夫だ、アバッキオ」


帰宅した俺は、ベッドに寝転がり彼を思う。
ブローノ・ブチャラティ。
俺の上司であり、最も尊敬する男。
そして、俺の恋人だ。
汚職警官として、どん底にまで落ち、死んだような日々を過ごしていた俺を救ってくれたのは彼だ。ブチャラティに出会って、やっと自分の居場所が見付かった気がした。
俺は組織に入った頃から彼と付き合いはじめた。周りには内緒にしているが。
彼は優しい。
俺の一つ下だが、精神年齢はずっと上なんじゃないかと思ってる。
いつも落ち着いていて、ガキっぽい俺に対しても感情を荒げて怒る事もない。
そのくせ、たまに天然な所もあって可愛いなぁとさえ思う。
じゅうぶんに、幸せなカップル…なのだが、最近少し不安になってきた。
そんな彼が、掴みきれない。
いつもクールな彼の本心が少し分からなくなってきた。そのうえ、このタイミングで以前よりさらに忙しくなったブチャラティ。
漠然とした不安に包まれる。
時計に目をやると、9時を少し過ぎた頃だった。
もう用事は終わっただろうか。
携帯を手にとる――。
無機質な呼び出し音が繰り返されるのみで、繋がる事はなかった。
「…何やってんだよ」
枕元に携帯を放る。
彼との距離が、少し離れてしまっていく気がした。
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