小説2

□ときには、旅行を。
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「ほら、早く来いよ!しかしスゲー混んでるな!」
「ちょ、待てよ!この人混みじゃ…」
リアルト橋を登るメローネは振り返り声をかけてくる。午後の日差しが眩しい。2月だけれど暖かい日で、雪は降っていなかった。
「ここからの景色さぁ、本当に綺麗なんだ」
そう言ってメローネは笑う。
久しぶりにまとまった休みがとれた俺達は、ベネチアに来ていた。
どこか泊まり掛けで遠出しないか?そう言い出したのはメローネのほうで。最初はミラノに行こうか、なんて話だったが、俺がベネチアは子供の頃に行ったきりだ、と言うと急遽ベネチアに変更になった。
観光客をかき分け、橋を登る。カーニバルの時期のせいで、あたりから聞こえる声はフランス語や中国語など、海外の者ばかりだった。
「うわぁ…!」
リアルト橋から大運河の景色を見渡す。
成る程、それはメローネの言うとおり、綺麗、なんて言葉には収まりきらないようなものだった。
晴れ渡る空の太陽が煌めく運河に並ぶボート。
運河添いの道にはバールのオープンテラスが並び、中世から変わらない街並みが美しい。
行き交う船と、夜からのカーニバルに合わせ中世貴族の姿に仮装した人々が闊歩する。
「すげぇ。久しぶりに来たけど、やっぱりベネチアは綺麗だな」
「だろ?俺はよく仕事で来るからさ。いつかギアッチョと一緒に来たかったんだ」
ふと風でメローネの髪が揺れた。
さりげなく、なびくブロンドを片手で押さえるメローネ。普段は隠されている、オッドアイの右目がちらりと覗いた。
一瞬、胸が高鳴る。10代の女でもない癖に恥ずかしいけれど、頬が熱くなるのを感じてしまう。
あぁ、やっぱり格好いいんだよなぁ。隣に並ぶと、俺より少し背が高い。
陶器みたいな肌に大きな瞳。筋の通った鼻と、形の良い唇。
改めて、いい男だなーと感心する。映画の世界のようなベネチアの景色が、よく映える男。
「どうした?」
「ん?いや…」
「あぁ、さっき東洋人の女達が、チラチラ見ながらキャーキャー言ってたな。日本人だな、あれは。妬いたか?」
「バカ!」
全く、黙ってればいい男なんだ。黙ってればな。
写真を2、3枚撮っていると、向こうに美味い店があるからと案内してくれた。
飯を食って、土産物の露店が並ぶ通りを散策した。
色とりどりのマスケラ(カーニバルの仮装のマスク)が売られていた。
ど派手なデザインのを手にとり、リゾットへの土産はコレにしようぜ、なんて言って二人で爆笑した。土産物屋の親父も一緒になって笑っていた。
不思議と、此処でこうやって過ごしていると普段の…血なまぐさい仕事の事なんて、忘れてしまえるような気がした。
そうこうしているうちに、日は暮れて。
サンマルコ広場でホットワインの露店があった。
夕方になるとさすがに冷えるので、それを買って飲む――。普段は酒に強いメローネなのに、旅行で気分が盛り上がっているせいか、少しの量で酔ってしまっているようにも見えた。
仮装した旅行客にカメラを渡されて、喜んで写真を撮ってやるメローネ。いつも以上にハイテンションで、見ているこっちまで楽しくなってきた。
人の多い広場を過ぎて、船着き場のあたりまで来た時は、すっかり辺りは暗くなっていた。
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