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□壊れた愛情をあげよう
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「孝介!おっはよー!」


「はぁ…お前は朝からテンション高ぇんだよ」



俺は、わざと聞こえるように溜息をついた。



「何それ!挨拶くらいしなさいよ」


「はいはい、分かったから早くあっち行け」


「孝介ったら態度悪い!昔はもっと素直だったのに」



頬を膨らませて拗ねたような表情をするコイツは、俺の幼馴染の名前。
それを無視して、三橋と田島が話してる中に入っていく。
少し後を見て様子を確認すると、未だに膨れっ面をした名前と目が合った。
でもすぐに逸らされて、名前も女子たちの輪に入っていく。



俺は、ホッと安堵の溜息を吐く。安心した、けど少しの後悔。



俺の名前に対しての冷たい態度は、決して名前がウザイとか嫌いとか思ってのことじゃない。
寧ろその逆で、俺は名前が好きなんだ。
今すぐにでも、俺のものにしちゃいたいくらいに。
それを意識した時から、昔みたいに上手く話せなくなった。
最初はそんなもんだったんだ。
でも、あいつが近くにいるとやたらドキドキして、体が熱くなって、頭に血が昇って。
どうにかなっちまいそうなんだ。
このまま昔みたいに近くにいたら、いつか俺の中の何かが爆発しそうで、この都合の良い幼馴染って関係も壊れてしまいそうで、恐い。
名前が二度と俺に近づかなくなるんじゃないかと、恐いんだ。
俺は、無意識のうちに名前を突き放す態度をとるようになってしまった。
でも、冷たくした後は決まって少しの罪悪感と後悔。
こんな冷たい態度をとっていたら、それこそ名前が俺から離れていくんじゃないか。
結局、不安は消えない。

でも、いくら冷たい態度をとっても名前は俺に昔のように接してくれる。
毎朝話しかけられる度に、ホントは嬉しくて嬉しくて仕方ないんだ。
まだ嫌われてないって、安心できる。
それをいつしか俺は、「冷たい態度をとっても、名前は俺を嫌わない」って勝手な甘ったれた考えを持つようになっていた。



いつも名前の一番近くにいたのは俺だった。
だからこそ、名前が他の男と話してるのを見るのは癪に障る。
名前にとっての一番が俺以外の奴になると思うと、どうしようもない醜い嫉妬心が腹の底に溜まっていく。
俺が自分から突き放してるくせに。
自分の思考と行動が矛盾してるってのは十分に分かってる。
それでもどうしようもない。
自分の思いを吐き出す勇気もなければ、名前を手放すことも出来ない。
結局は、この幼馴染って関係に甘えてるんだ。
俺がいくら突き放しても、この関係がある限り、名前は離れていかない。
そんな事を思ってた俺は、ホント馬鹿だ。






俺は神様なんて非現実的なもの信じてねぇけど、もし、いるとしたら。

こんな情けなくて自分勝手な俺だから、罰を与えたんだろうな。





運命は突然に動き出す。
それが、自分にとって良い方向か悪い方向かなんて、最初から決める権利は与えられていないんだ、きっと。





朝練を終えて、疲れた体で教室に入る。


「こーすけ!おはよ!」


ニコニコ元気に笑った名前が俺にぶつかりそうな勢いで走って来た。
なんだかいつもより嬉しそうだ。


「俺は朝練で疲れてんだよ。もう少し静かにしろ」


言葉ではそう言ってるけど、いつもより嬉しそうな名前を見ても、俺も嬉しくて仕方ない。
この笑顔が何より好きなんだ、なんて柄にもなく思った。


運命が、悪い方向に動いてることも知らずに。



「あのね孝介!実は嬉しい報告があるんだ!」


いつもなら、ここでわざとらしく不満そうな声を上げるのに、笑顔を変えないまま俺に顔を向けた。
ドキッと俺の心臓は疼いて、また俺の中の何かが大きくなった気がした。


すると、名前が頬をピンクに染めて、少し俯いた。

そして、小さくて可愛らしい唇を震わせる。






「彼氏、できたんだ」







空気が、震えた。


言葉を理解できない、否、したくない俺は、ただ石みたいに固まって突っ立ってるしかできない。
頭は真っ白なのに、照れたように笑う名前がすごく幸せそうで、いつも以上に女の子らしくて、こんな時なのにすごく可愛いと思った。
その顔が俺に向けられることはない。


黙ったままの俺を不思議に思ったのだろう、名前が「孝介?」と小さく呟いて俺の顔を覗き込んできた。






どうせ俺のものにならないなら、もうどうなってもいい。

きっと、これから名前は俺に近づかなくなる。

それでも、もうどうでもいいだろ。






俺の中に蓄積された何かと、腹の底に溜まった嫉妬心が、同時に質量を増して一気に爆発した気がした。







俺を見上げる名前の唇に、噛み付くようにキスをした。





壊れた愛情あげ





愛しい顔を歪ませて、俺を見て。
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