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□最終的には幸せ
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夜の9時。私が英語の課題を終えて盛大にベッドへダイブしたと同時に、ケータイが今流行の曲を鳴らして電話を知らせた。
私のケータイの着信音は、面倒だからというなんとも単純であり、それでいて最もな理由から、基本みんな統一されている。

ただし、例外が一人。

彼氏の榛名元希だけは、専用の着メロにしてあるのだ。
まぁ、その曲は滅多に鳴ることがないのだけれど。

しかし、今ベッドの上で震えてるケータイから発せられる着信音は、例の滅多に鳴らないラブソングで。
慌ててケータイを手に取り、通話ボタンを押す。


「もしもし、元希?」


「今から俺ン家来い」


「は?」


電話に出ると、元希の声が静かに響いた。
久しぶりの元希からの電話。
それなのに、第一声に冷たく放たれた言葉は「家に来い」。
命令形のその言葉は私に拒否権がないことを表している。
俺様な元希はいつもこんなんばっかりだからもう慣れてしまったけれど。
しかし、クセなのかなんなのか、私は分かっていながらも聞き返してしまう。
予想通り、元希はさっきより声を荒げた。


「だから、今から俺の家に来い」


「なんで」


「お前に知る権利はねぇ。来いっつったら大人しく来い」


それだけ言って、私の返事も聞かずに電話はブツンと切れた。
ツー、ツー、と虚しい音が鳴ってる。
なんて理不尽なんだ。


確かに、さっきも言ったとおり元希のこういう言動や行動には慣れてる。
もう何度も同じような事があった。
それでも、思わず溜息が出てしまうのは普通のことだと思う。
溜息をつきながらも結局は元希の命令を聞いてしまうんだから、つくづく私は元希に甘いと、こんな事がある度に実感させられる。




今は暦上では春。
でも、まだ3月で、外はもう真っ暗な夜。
流石に上着を着ないで外には出られない。
私は傍に投げてあった通学用のカーディガンを羽織って出かけた。





私の家は元希の家とは結構離れてて、自転車でも軽く20分はかかる。
カーディガンを着ていても結局は容赦なく吹き付ける風が私の体を震わせる。
元希のやつ、彼女にこんな寒い思いさせて大した用事じゃなかったら許さない。
心に決意して、もう一踏ん張りだとペダルを漕ぐ足を速めた。





風に当たってすっかり冷えきった手に、はぁっと息を吐いて榛名家のチャイムを鳴らした。
こんな遅い時間に人の家、それも友達ならまだしも彼氏の家を訪れるのも気が引けるけど、元希が家に呼ぶって事は多分家には他に誰もいないんだろう。

チャイムを鳴らしてほんの数秒で玄関のドアが開いた。


「遅かったな」


顔を出した元希から放たれた言葉からは彼女を思う気持ちなんて微塵も感じられなくて、それどころか目も合わせないってどうなのコレ。
これでも急いできたんだけど、と心の中で毒を吐いてみる。

私の表情がよっぽど不機嫌そうだったらしく、元希が「んだよ、その顔」って眉間にシワを寄せて言った。
「いいえ、なんでも」なんて、わざとらしく言ってやると、元希が更に顔を顰めて「可愛くねぇやつ」とボソッと呟いた。

お互い、目を合わせない。
二人の間に不穏な空気が流れる。


そんな時でも3月のまだ少し肌寒い気温と冷たい風は当たり前に変わることはなくて、ビュッと強く吹いた風に思わずブルッと体が震えた。


「…寒ぃから、中入れよ」


「…どうも。おじゃまします」


気まずい雰囲気のまま元希の家に上がった。

やっぱり家には誰もいない様子で、シンとしていた。私と元希の廊下を歩く足音しかしなくて、こういう時は家に二人っきりなんて嬉しくもなんともない。
どんどん気まずさが増していくようで、足音を立てるのでさえ嫌になってくる。

そのまま元希の部屋に入る。
部屋の中は温かくて、外の寒さとの反動で寧ろ暑いくらいだ。


「…それで、何の用なんですか榛名元希さん」


息苦しい空気をどうにかしようと、ベッドの上に座って話しかける。
元希のことだからこんな風にわざとらしく挑発すればすぐ引っかかる。


「……」


なぜか、ベッドに背中を預けるように床に座った元希は全く反応しない。
まさか聞こえていない筈はない。
でもあの元希が言い返してこないのもおかしい。絶対に。絶対におかしい。しつこいけど。
元希に無視なんて大人なこと出来るわけないじゃないか。


「おーい、元希さーん?聞こえてないの?」


「……」


何度呼んでも返事がなくて、これは本格的におかしいと思った。
もうそれは、何か病気にでもかかったかと心配しちゃうくらいに。
…大袈裟かもしれないけど。
でも、心配になったのはホント。

元希の顔を覗き込んだ。
すると、何故かほんのり赤くなってた元希の顔が、途端に耳まで赤くなった。


「…?何、元希。暑いの?」


部屋が暑すぎるのだろうか。
でも、元希はさっきまでもこの部屋にいたわけだし。


すると、元希は尚も顔を明後日の方向に逸らして、小さく呟いた。


「顔、近ぇっ…」


あぁ、そういうことか。
いつもの強気な元希はどこへいったのやら。
照れてる元希がなんだか可愛くて、もっといじりたくなっちゃうよ。

わざと顔を近づけて、ニコッと笑ってやってもう一度聞く。


「それで、何の用事?」


予想通りに顔を茹蛸みたいに真っ赤にした元希はヤケクソ気味に「あー!クソ!」って言って頭をガシガシと掻く。
イキナリ大声を出したから若干ビックリしてると、目の前の景色がフッと変わって真っ暗になった。
元希の匂いがすぐそこでする。
あぁ、今私は元希に抱きしめられてるのか。
なんて冷静な頭とは裏腹に心臓はドクドクと脈打ってて落ち着かない。
でも、元希の体温と匂いが、すごく心地良い。
あったかくて、このまま眠れちゃいそう。
お花が頭に飛んでそうなくらい馬鹿っぽいことを大真面目に考えていたら、耳元に元希の息がかかってきて思わず体が反応した。


「俺は、……」


元希の恥ずかしそうに紡がれた言葉と、私を抱きしめる腕の力に、この上ない幸せを感じたのは、言うまでもない。













「俺は、お前の顔が見たかったんだよ…」



(…いつもこのくらい素直なら可愛いのに…)
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