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□君と二人なら
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HR終了のチャイムが校内に響き渡る。
もちろん、1組の教室にも。

先生のどうでもいい話も終わって、みんな一斉に部活へ向かったり、友達と教室でお喋りしたり。
私も、待ってましたとばかりに鞄を持って部活へ向かおうとしていた。


「名前ー!一緒いこー!」


聞きなれた声が聞こえて教室の入り口に目をやると、いつも一緒に部活に行く友達が私を迎えに来ていた。
手を振って私を待っている友達の元に行こうとしたその時、


「苗字!」


誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。

しぶしぶ立ち止まった私の顔がよっぽど文句を言いたそうな顔をしていたのだろう。
私を呼び止めた人物、同じクラスの栄口が苦笑していた。


「部活行く気満々なところで悪いんだけど、これから委員会だよ」


申し訳なさそうに喋った栄口のセリフに、あっと声が漏れた。

そういえば、朝に先生がそんなこと言ってた気がする。
そして、私はじゃんけんで負けて委員になってしまったんだった。

全部思い出した私は、友達に委員会の事を告げて、すっかり低くなってしまったテンションで委員会に行く事にした。




委員会の仕事は、たくさん渡された資料を纏めて止める、という物だけなのだけれど、それをたったの二人でクラスの人数分×2やらなければいけないのだ。
しかも、1人分の資料が20枚ほどもあるのだ。

委員にさえならなければ今頃部活をしているのに。
そんなことを考えて溜息を一つ吐いた。
もちろん、手は殆ど動いていない。
目の前の栄口はというと、黙々と手を止めることなく作業を続けている。
普通こういうのは女子の得意分野なのではないだろうか。
なんだか栄口の性別を疑ってしまう。
なんて馬鹿なことを考えながらも、部活のためにまた手を動かし始める。

そういえば、栄口も部活があるんだ。
だからあんなに黙々と仕事をしているんだろうか。


「栄口、早く部活に行きたいんでしょ」


「まぁね」


少し笑った栄口が、苗字もだろ、と付け足した。


それをきっかけに栄口との会話が続いた。
仕事をする手は当たり前のようにさっきよりも遅くなってしまう。
でも、さっきまでの重い気分はきれいさっぱり消えていた。


そして、ふと気づいた。
栄口とこんなに話したのは、初めてかもしれない。
こうして話していると、栄口の今まで知らなかったことが分かる。
それと同時に、今まで栄口のことを何も知らなかったことも分かる。
面倒なだけだと思っていた委員会だけど、こんな風に栄口と話せるなら悪くないかもしれないと思えてきた。


「苗字?」


名前を呼ばれて、前に座る栄口を見る。
栄口は不思議そうな顔をして、どうした?と聞いてきた。


「私、何かした?」


「なんかボーっとしてた」


栄口が優しい笑顔で言う。
その笑顔を見ると、不思議と私も笑顔になって。
私は、さっき考えていた事を話した。


「なんかね、こうやって栄口と話してて、今まで栄口のこと何にも知らなかったんだなって考えてた」


栄口は相変らず優しい笑顔で、そうだね、と相槌を打つ。


「委員会って面倒だけど、栄口と話せるんなら嫌いじゃないかも」


言った後に恥ずかしくなって、なんてね、と少し誤魔化した。
栄口の頬が赤くなっている気がしたけど、きっと窓から差し込む夕陽のせいだ。


栄口が何も喋らなくなってしまって、なんだか気まずい空気が流れた。
窓から入ってきた風がカーテンを揺らす。


少ししてから、栄口が突然に口を開いた。


「俺も、部活に行けないから委員会は憂鬱だったけど、」


栄口はそこで言葉を区切った。
顔を上げると、真剣な顔をした栄口と目が合って、今までとは違うその表情に、私の心臓はドクンと音を立てた。
感じた事のない熱が体中を巡っていく感じがした。


「苗字と二人になれるんだったら、嫌いじゃないかな」


頬を染めながら笑った栄口を見て、柄にもなく、好きだなんて感じてしまった。



二人



憂鬱な時間も、幸せな時間に変わる。
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