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□私が馬鹿でした。
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朝練が終わり、教室に向かう私。
でも、いつもと違うところが一つ。
歩く速さだ。
普段よりも速めな足音が賑やかな廊下に響く。
それは、教室へと近づくたびにどんどん速さを増していく。

9組の教室が見えてきて、私は一気に駆け出した。
そして、ドアをバンッと大きく音を立てて開ける。
クラスが一瞬にして静まり返った。
みんなは目を丸くして音の出所である私を見ている。
みんなの視線なんて気にしないで、私は教室の隅で同じく目を丸くしてこっちを見ている彼、田島悠一郎の元へと駆けていく。


「悠!」


「お、おぉ、なんだよ」


私の勢いに圧倒されて、悠が後退りながら返事をする。


「あのね、あのね」


「…?」


気づいたら教室はいつも通り騒がしくなっていて、私の声も掻き消されそうだった。


「悠に頼みたい事があって、」


「…?」


悠は、きょとんとした顔を見せる。


「あのね…」


「…なんなんだよ。早く言え」


なかなか言わない私に、何故か悠の隣にいた泉が苛立った様に続きを急かす。
私は泉をキッと一睨みしてから、悠のほうに向き直る。
まっすぐ目を見ると、悠は更にはてなを飛ばして、困ったような顔をした。

私は息を吸い込んで――


「…私の、む…胸揉んでほしいの!」


ガツンッ


「い、痛い!何すんのよ泉!」


「それはこっちのセリフだバカヤロウ。何てこと言ってくれてんだお前」


泉が軽蔑の眼差しを向けてくる。
多分容赦なく殴られたであろう頭がズキンズキンと痛んで、なんだかクラクラする。
泉はそのままどこかへ行ってしまった。


私だってこんな恥ずかしい事頼みたくないよ。
でも仕方ないじゃないか。
こっちにだっていろいろ事情があるんだ。


「ね、悠お願い!」


「俺はむしろ嬉しいんだけどさ、なんで?そんなに俺とシたかった?」


悠がにやっと笑ってふざけた様に聞いてくる。


「っそ、そんなわけないでしょ!」


「じゃあなんで?」


できれば言いたくない。
けど、悠はなんだか引き下がりそうにないし、嘘の理由だって全く考え付かない。
私は大人しく、悠にこんな事を頼んだ理由を話した。


「今日の朝にたまたま中三の後輩に会って、ね。その…こ、後輩より胸が小っちゃいなー、みたいな…」


恥ずかしくて、だんだん小さくなる私の声。
目線も、悠の顔から横へと逸れていく。


「ほ、ほらっ!よく揉まれると大きくなるって言うし…」


私が言い終えたとき、悠の口が動いた。


「なぁ、理由ってそんだけ?」


「…それだけ、です」


正直に言うと、悠が心底つまらなさそうな顔をした。
眉を下げて、大きく溜息をする悠。

「ちぇ、なんだー。…てっきり俺とヤりたいのかと思ったのに」

悠にはたいした事じゃなくても、私にとっては結構ショックな事だったんだけど…。


「てかさ、胸を揉むと大きくなるっての、あれ嘘だぜ」


「うわ!ビックリしたー…」


さっきまで消えていた泉が、突然横に現れるもんだからビックリした。
泉について来た三橋が、イキナリの泉の発言でいつも以上に挙動不審になってる。


「え、それマジかよっ」


「あぁ、前テレビでやってた」


「うっそだー!絶対揉めば大きくなるって!現に名前は最初より大きくなってんもんな!」


「っ!ゆ、悠のエッチ!変態!」


思わず、バッと自分の胸を隠して叫んでしまった。


「それは普通に成長してるだけだろ」


泉が冷静に返す。
三橋は横で顔を赤くして、さっきよりオドオドが増している。


「じゃあ実験しようぜ!なぁ名前!」


「じ、実験!?い、嫌だよ!」


「お前さっきは自分から頼んでただろ」


「いや、やっぱ遠慮しときます…」


「えー、なんで!」



私が馬鹿でした。



こんな事、やっぱ頼むもんじゃない。
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