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□車輪の唄
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まだ朝が早く肌寒い時間帯。いわゆる、明け方。
俺は、後ろに名前を乗せて、自転車を漕いでいる。
向かう先は、駅。
当たる風が冷たいというより、少し痛く感じた。
「梓、もうちょっとだよ」
俺の今の心情とは真逆の楽しそうな声が後ろから聞こえてくる。
俺は、そんな楽しそうな名前から伝わる温もりを感じて、目頭が熱くなった。
それを気づかれないように、何も答えずにペダルを漕ぐ事に集中した。
まだ明け方だから、勿論人なんて俺達以外に見当たらない。
後からボソッと、なんだか世界中に二人だけみたいだね、なんて呟きが聞こえてきた。
さっきまでの楽しそうな声とは違って大人びた声に、俺は小さくあぁ、とだけ答えた。
ようやく線路沿いの坂を上りきる。と、同時に、俺は息を呑んだ。
朝焼けのあまりの綺麗さに、言葉を失って、声を出すことすらできなかった。
「……」
声は聞こえなかったが、後ろで名前が笑う気配がした。
きっと、俺が言葉を失ったのと同じ理由で。
名前も、朝焼けのあまりの綺麗さに、思わず笑ったんだろうな。
でも俺は、振り返ることができなかった。
さっきまで我慢していたものが、溢れて止まらなかったから。
俺は、目から零れた雫を名前に気づかれないように、さっと拭った。