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□素直になれば
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「あーもう!寒ーい!!なんでシーズンオフなのに部活が長いんだよー!!!」
私は今、ある人を待っている。
そして、その人に不満を叫んでいる。
季節は冬…なのかどうか微妙な11月の半ばで、時間はもう既に7時半を回ってる。
それなのに、私の待っている人、彼氏の阿部隆也は一向に来る気配がない。
隆也のやつ、自分で「7時には終わるから」とか言ってたくせに、隆也どころか他の野球部が来る気配もない。
しかも、今日は上に羽織るものを忘れてきている。
そんな状態で待ち続けてたら、寒すぎて死んじゃう!
まぁ、忘れてきたのは自分が悪いんだけどね。
「先に帰っちゃおっかな…メールしとけばダイジョブだよね。うん、来るのが遅い隆也が悪いんだ。私は決して悪くないっ!」
私は、はたから見ればただの奇妙な独り言を喋り、寒さで感覚が半分麻痺した指先を使って隆也へのメールを打ち始める。
「寒いから、先に、帰るね、っと!」
メールの内容を口にしながら打つ。
そして静かに立ち上がって、自分の手に暖かい息を吐く。
カーディガンどころか、手袋もマフラーもないのは辛すぎる。
寒さを少しでも紛らわすためにバックからイヤホンを取り出して、携帯で音楽を聴き、軽く口ずさむ。
それでもやっぱり寒い私は、無意識のうちにポケットに両手を突っ込む。
(そういえば、今日は自転車で来てたんだっけ…風当たるともっと寒いじゃん)
そう思うと自転車に乗るのが嫌になってくる。
帰りにあったかい飲み物買ってから帰ろう…
いろいろ考えながら歩き、自転車置き場までつく。
時間も時間なので、残ってる自転車は少なかったから、暗くても自分の自転車はすぐに見つかった。
私がゆっくりと鍵を開けて、自転車に跨ろうとした瞬間。私の携帯が胸ポケットで震えた。動きを止めて携帯を開く。
メールは隆也からだった。
“今部活終わった。追いかけるから今いる場所教えて。そこで待ってろよ。”
…何これ、ムカつく。
30分以上待たせといて結局来なくて、帰ろうとしたらまた「待ってろ」だ。
しかも、遅れて謝りもしないし、何故に命令口調?一体何様なんだ、私の彼氏は。
イライラしながらもメールを返して、来たらわざと拗ねてやる!とか思いながら命令通りに隆也を待つ。
待つのは本日2度目だ。
風が強く吹き、今まで以上に体が震える。
もう冬かな、なんて思う。
3分くらい待つと、向こうからこっちに来る人影が見えた。
暗かったけど、誰なのかはすぐにわかった。
待たせたんだから、走ってくるとかないのかよ…と思い、また少しイラつく。
「遅いんだけど。30分以上もこの寒い中待ってたんだからね?」
わざと隆也から目を逸らして少し冷たい口調で言う。
「あ、悪ぃ。いろいろあって部活が長くなっちまって。ってかお前、いつも着てるカーディガンはどうしたんだよ。」
「……忘れた。」
少し言うのが恥ずかしくって、軽く下を向いた。
どうせまた、「バカ」とか言ってくるんだろうな。
自分は悪い事しても謝んないくせに、人のことはすぐにバカにしてくる。
隆也とは、いつもそれで喧嘩しちゃうんだよね…。
でも、それは人のことを考えない隆也が悪いんだもん。
(また、喧嘩しちゃうのかな…。)
少し待つと、予想通りの言葉が降ってくる。
「ったく、バカだな。」
ため息交じりの呆れたような声。
その瞬間、何かが吹っ切れたかのように涙が零れた。そして、震えた声で自分の抑えきれない思いを吐き出す。
「バカは隆也の方でしょ?私はずっと待ってたのに、なんで隆也はいっつもそんななの?もう隆也なんて……嫌いっ」
言った瞬間にハッと我に返る。
涙を拭って隆也のほうを見ると、酷く悲しそうな顔をしていた。
その顔を見て、少しの罪悪感を感じる。
「嫌い」っていうのは本心じゃない。
むしろその逆で、隆也のことが大好きだから、喧嘩はしたくなかった。
なのに、隆也はいつもと同じ態度だったから、「やっぱまた喧嘩になるんだ」って思ったら悲しくなって、気づいたら泣いていた。
心にもないことを言ってしまった。
でも、悪いのは隆也のほうだもん。
少し言い過ぎたかもしれないけど…。
気まずい沈黙が続く。
私は隆也を真っ直ぐ見れなくて、じっと足元を見て俯いたまま。
すると、前に立つ隆也が少し動くような気配を感じた。
いきなり、私の体が前のほうに傾いたと思ったら、目の前が今まで以上に真っ暗になった。
隆也の匂いがすぐ近くでする。
私は何が起こったかわからなかった。
すると、真上から隆也の声がした。
「待たせて悪かった。いっつも俺の所為で喧嘩になってる事くらいわかってんだよ。でも俺素直じゃねぇから、さ…」
あぁ、私は隆也に抱きしめられてるんだ。
隆也の声は少し震えていて、最後は消え入りそうな声だった。
体も少し震えていた。
それは寒かったからじゃないっていうのはすぐにわかった。
隆也の息が耳に当たってくすぐったい。
顔は見えなかったけど、きっと隆也はすごく辛そうな顔をしてるんだろう。
私は、また涙が零れた。
「た、かやっ、ごめんね…。隆也の事、大好きっ、だから…!」
隆也の腕の中で泣きながら思いを伝える。
私が隆也の背中に腕を回すと、隆也は私を抱く力を更に強くした。
隆也の腕の中は、さっきまでの寒さが嘘のように温かくて、凄く幸せだと思った。
素直になれば
こんなに温かいんだね
(隆也ってツンデレだったんだね、知らなかった)
(なっ!俺のどこがツンデレなんだよ!!)