「おお振り」×「ダイヤのA」

□挑戦!その10
1ページ/2ページ

「心配、したんだからね〜!」
怒っているのになぜか可愛い三橋の姿に、場の空気は妙に和む。
沢村はそのやわらかい髪をわしゃわしゃとかき回して「ごめんな」と詫びた。

沢村が試合の最中にケガをした。
折れたバットが足に当たり、マウンド上で出血。
そしてそのまま降板となり、そのまま病院に運ばれた。

もしもすぐに復帰できなかったら、どうしよう。
沢村は病院で手当てを受けるまで、そのことばかりを考えていた。
昨年は今1つ不調で、今年は先発ローテーション内から外された。
だが他の投手陣もピリッとしない展開で、棚ボタ的に回って来た先発だったのだ。
ここで結果を残さなければと、かなり気合いも入れていた。
それがこのザマとは、情けなさ過ぎる。

だけど実際は大したケガではなかった。
折れたバットは刺さったのではなく、かすめただけだった。
出血が少々多いので衝撃が大きかったが、実際は擦過傷。
要するにちょっと派手な擦り傷だったのだ。
医師も消毒さえきちんとすれば、練習もすぐに再開可能と言ってくれた。

「ったく、ついてねぇな。」
沢村はブツブツ文句を言いながら、自宅に戻った。
だが家に帰って、スマホを確認したところで「ハァ!?」と声を上げる。
恐ろしい数のメッセージが届いていたからだ。
その全てが沢村のケガを心配するものだ。

「ありがたいけど、これ返すの大仕事じゃん。」
沢村はテレビをつけると、CS放送の野球中継にチャンネルを合わせた。
自分が退場してしまった試合、マウンドには三橋がいた。
沢村は思わず「ああ、チクショウ!」と悪態をつく。
三橋にではなく、不本意な形でマウンドを降りた自分にだ。

御幸たちが戻ってきたのは深夜。
沢村がようやく全てのメッセージに返信して、程なくのことだった。
関東での試合の場合、御幸と三橋は一緒に移動する。
正確に言うなら、阿部が三橋のために運転する車に御幸が便乗していた。
つまり3人一緒に沢村の部屋に来たのだった。

「心配、したんだからね〜!」
三橋は部屋に入るなり、子犬のように駆け寄って来た。
どうやら怒っているようだが、妙に可愛い。
これで同じ歳なんて詐欺だと、沢村は場違いなことを思った。

「ごめんな。」
沢村は三橋のやわらかい髪をわしゃわしゃとかき回した。
三橋は「ううん」と首を振ると、シャンプーが香る。
髪もまだ生乾きのようだし、おそらくシャワーもそこそこに帰って来たのだろう
試合終了直後に三橋から来たメッセージには返信済みだ。
それでもやはり元気な顔を見るまで、安心できなかったらしい。

「よかったよ。たいしたことなさそうで。」
阿部も沢村に声をかけてくれた。
三橋が他の男と親しくしていると、阿部は不機嫌になる。
だけど沢村はその対象ではないようで、笑いながらじゃれ合う2人を見ていた。
沢村は「ありがとな」と笑顔を返しながら、御幸を見た。

御幸は何も言わず、まったくいつも通りに見えた。
三橋と沢村がじゃれ合うのを見て笑うだけだ。
いやむしろ三橋を見て、癒されているような雰囲気だ。
沢村としては面白くない。
無駄に心配はかけなくないが、優しい言葉の1つくらいは欲しい。
すると三橋が「栄純、君」と小さな声で沢村を手招きした。
沢村が顔を寄せると、三橋は沢村の耳元で囁いた。

「御幸、先輩。すごく、心配してた」
「え?」
「あんなに、動揺してるの、初めて、見た」
「そうか?」
「うん。で、今、必死に、普通の、顔してる」

三橋の密告(?)に沢村は驚きながら、御幸を見た。
御幸はバツの悪そうな顔で目を逸らす。
2人のヒソヒソ話が聞こえたか、察したか。
すると阿部がニヤニヤ笑いながら、御幸を茶化し始めた。

そっか。そんなに動揺させたのか。
沢村は申し訳ないと思いつつ、嬉しかった。
昔からいつも御幸はなかなか本心を見せてくれない。
感情がすぐ出てしまう沢村とは対照的だ。
そんな御幸が好きではあるが、ちょっと悔しかったりもするのだ。

「栄純、君!軽いケガ、で、よかったねパーティ、しよう!」
「ノンアルコールだぞ!」
テンション上がる三橋に、すかさず阿部のチェックが入る。
沢村は大いに気を良くしながら「パーティだな!」と笑った。

こんなことなら、たまにはケガも悪くない。
ただしこの程度の軽いケガ限定だが。
沢村は上機嫌で、未だにバツが悪そうな御幸を見ていた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ