「おお振り」×「ダイヤのA」

□挑戦!その8
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「キャッチボール、しよう!」
少年のような三橋が、少年のように顔を輝かせて、少年のようなことを言う。
沢村は驚き一瞬言葉に詰まったが、すぐに「それ、いいな!」と笑った。

年が明け、自主トレ、春季キャンプ、そしてオープン戦。
オフシーズンからプレシーズンへ、季節はあっという間に過ぎていく。
一年が過ぎるのは早いが、沢村はこの時期は特に早いと思っている。
速球のスピードアップとか、コントロール強化とか、球種を増やすとか。
やりたいことがたくさんあるのに、全部できずに終わってしまうのだ。

ともかくオープン戦が終わり、開幕目前の貴重なオフ日。
沢村は倉持の部屋でダラダラと過ごしていた。
御幸は「実家に顔を出してくる」と言って、出かけてしまった。
三橋と阿部はおそらく2人きりでのんびりしている。
そうなると沢村の行き場所は、もう一つしかない。
倉持の部屋でゲームや思い出話などで、まったり過ごしていたのだが。

「栄純君、いますか〜?」
ドアの外から、三橋の声が聞こえた。
倉持が「子供か」とツッコミを入れる。
おそらく沢村が自分か御幸が倉持か、誰の部屋にいるかわからなかったのだろう。
普通はそこでスマホで呼び出すか、ドアチャイムを鳴らすものだ。
なのに廊下で名前を呼ばわるとは、ひと昔の小学生の誘い方だ。

「わははは!廉、ここだ!」
沢村はご機嫌で高笑いし、大声で答えた。
そしておもむろに立ち上がり、ドアを開ける。
さらに「まぁ入れよ」と家主のような振る舞いだ。
倉持はまたしても「オレの家なんだけど」とツッコミを入れた。

「キャッチボール、しよう!」
三橋は部屋には入らず、目をキラキラさせながら、そう言った。
その手には言葉通り、グローブとボールがある。
倉持は「小学生か!」と三度目のツッコミだ。
沢村も驚いたが、すぐに「それ、いいな!」と笑った。

そして沢村と三橋がやって来たのは、マンション近くの神社だった。
有名なところではなく、名前も知らない小さな寂れた神社だ。
かろうじて荒れてはいないが、人の気配はない。

「誰もいないのもったいねぇな。子供の遊び場としちゃ最高だと思うけど」
「最近の、子供、外で、遊ばない。」
「だよなぁ。家でゲームとかしてんのかね。」
「そう、かも。公園、とか、にも、いないし」

沢村と三橋は軽くストレッチをしながら、そんなお喋りをする。
本当に最近、子供が外で遊んでいるのを見かけない。
代わりに公園などでは野球など球技の類は禁止という看板があったりする。
世知辛い気はしないでもないが、それが今の風潮なのだろう。

「それじゃ、やろうぜ!」
「うん!」

しっかりと身体を動かした2人は距離を取った。
神社の敷地は野球の内野くらいの広さしかない。
だけどキャッチボールには充分だ。
一応ボールは硬球ではなく、ゴムの柔らかいものにした。
万が一にも当たっても痛くないし、何かを壊すこともない。

そして2人は童心に帰り、キャッチボールを楽しんだ。
硬球とはもちろん感覚が違うが、それは別に大した問題じゃない。
ただボールを投げて捕るのが楽しいのだ。
静かな境内にパシ、パシと、捕球の音が響くのも良い。
時には冗談を言い笑い合いながら、沢村も三橋もこのひと時を楽しんだ。

「お参り、して、帰ろうよ!」
キャッチボールを切り上げたところで、三橋がそんなことを言い出した。
沢村は「え?ここで?」と古びた小さな本殿を見た。
今さらという気がするが、三橋は「お参り!」と言い張った。

「だな。境内でキャッチボールしたし、お礼がてらお参りしとくか。」
沢村がそう言うと、三橋が何度もコクコクと頷く。
そして2人は並び、手持ちの小銭を賽銭箱に入れると、パンパンと手を合わせた。

「ケガなく1年、頑張れ、ます、ように」
三橋は目を閉じ、手を合わせながら、そんな願いを口にする。
沢村は「オレも同じでお願いします」と呟き、もうすぐ始まるシーズンの無事を祈ったのだった。
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