「おお振り」×「ダイヤのA」

□挑戦!その6
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「ムッフ、フ〜ン♪」
三橋は鼻歌まじりで廊下を進む。
逆サイドから歩いてきた御幸に「ご機嫌だな」と茶化された。

プロ野球選手のポストシーズンは一般人が思うよりは忙しい。
秋季キャンプと契約更改、さらにファン感謝デー。
そして三橋や御幸たちのようにプレ自主トレを組む者もいる。
年が明ければ本格的な自主トレ、2月には春季キャンプ。
そんな中、一軍でそれなりに活躍する選手たちにはさらに仕事がある。

それはイベントだった。
子供たちを対象にした野球教室やテレビ出演、そしてトークショー。
人気選手にはオファーが殺到し、引っ張りダコとなる。
三橋のチームの一番人気は、やはり御幸だった。
野球教室をすれば、すぐに定員が埋まる。
見た目がよく話も上手いので、テレビもトークもそつなくこなした。
ちなみに沢村はあのキャラから、バラエティ番組のオファーが多いようだ。

だが三橋には無縁のものだった。
人に教えるのも喋るのも、得意じゃない。
そもそも目立つ選手でもないので、オファーもない。
だから自分とは関係ないし、興味すら持っていなかったのだが。

今年、状況は一変した。
セットアッパーからクローザーに役割が変わり、守護神と呼ばれるまでになった。
そんな三橋にはさまざまなオファーが舞い込んでいた。
その件で三橋は球団事務所に来ていたのだった。

「ム、ムリ、です。」
オファーの内容を一通り聞かされた三橋のリアクションはそれだった。
野球教室が2件、テレビのスポーツバラエティ出演が1件、トークショーは4件。
話も聞かずにことわるのも悪いかと詳細を聞いたが、やはり無理な気がする。

「全部とはいわんが、少しはできないか?」
球団の広報担当職員が食い下がって来る。
そして「テレビ以外なら阿部と一緒でもかまわんぞ」と言い添える。
三橋のパーソナルトレーナーである阿部は、当然球団でも認知されている。
それを聞いた三橋は「それ、なら」と頷いた。

阿部がフォローしてくれるなら、できることがありそうな気がする。
三橋としても、球団にも職員にも世話になっているという自覚はあるのだ。
苦手だからとことわるのではなく、少しは貢献したい。

「とりあえずスマホに資料を送っておく。検討して2、3日のうちに返事をくれ。」
「わ、わかり、ました。」

三橋は一礼すると、広報の部屋を出た。
後は送ってもらった資料を見ながら、阿部と相談しよう。
とりあえず問題を先延ばしにした三橋は、軽い足取りで歩き出した。
もうすぐ夕刻、この後はいつもの4人で一緒に夕食の約束をしている。
三橋が球団事務所に呼ばれていたので、この近くの店で待ち合わせていた。

「ムッフ、フ〜ン♪」
三橋は鼻歌まじりで廊下を進む。
阿部や御幸、沢村と部屋飲みをすることは多い。
だが外で食べることはあまりなかった。
顔が売れているので、トラブルを避けるためだ。
だからこそ、たまの外食はテンションが上がる。

「ご機嫌だな。」
事務所を出ようとしたところで、ちょうど入って来た御幸に茶化された。
三橋は「ウヒ」と笑う。
そして「御幸、先輩も、イベントですか?」と聞いてみた。

「いや。オレは別件。少し遅れるから先に行っててくれ。」
御幸が手を振り、三橋がペコリと頭を下げて、すれ違う。
三橋は事務所を出ると、軽やかな足取りで店に向かっていたのだが。

「よぉ。三橋じゃん。」
後ろから聞き覚えのある声に呼ばれ、三橋はギクリと足を止めた。
振り返ると予想通りの人物が、剣呑な目付きで三橋を見ている。
その男は三橋のチームメイトの先輩投手。
いや正確にはチームメイトだった男だ。
彼は成績が振るわず、先日自由契約になったばかりだった。

「こ、こんにちは」
三橋は嫌な予感を押し隠しながら、頭を下げた。
そのまま行き過ぎようとしたが「待てよ」と呼び止められ、内心秘かにため息をつく。
嫌な予感的中。
このまま何事もなく終わって欲しかったが、どうやら無理のようだ。
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