「おお振り」×「ダイヤのA」

□挑戦!その2
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「すんません!頭、冷やして来やす!」
沢村は勢いよく頭を下げると、くるりと身を翻して走り出す。
三橋は御幸をチラリと見たが、すぐに沢村を追いかけていった。

御幸と沢村、阿部と三橋は自主トレに入っていた。
正確には自主トレ前のトレーニング、いわば「プレ自主トレ」だ。
4人で合宿よろしくキャンプを張り、身体を動かす。
学生時代から続いた4人のルーティーンだった。

三橋って本当に金持ちの子なんだよな。
御幸はこの時期に毎回思うことを、今年も痛感していた。
毎回この自主トレの場所は三橋の、正確には三橋の祖父の伝手に頼っている。
そこそこ綺麗な宿泊施設で、グラウンドやジムもあり、しかも外から見えない。
そんな理想的な場所を、嘘みたいな格安価格で貸し切りにできるのである。

今年もいよいよ始まる。
そんな決意を持って、4人がここに到着したのは昨晩のこと。
食事は自炊だが、作るのは阿部だ。
4人の中で唯一プロ野球選手ではない阿部は、そういう雑用を引き受けていた。
そして美味しく彩りよく栄養バランスの良い料理を、手際よく作ってしまうのだ。

「悪いな。お前ばっかり。」
恐縮した御幸は、阿部に手を合わせて謝罪のポーズを取る。
だが阿部は「いや、全然っすよ」と笑っていた。
阿部にとって、三橋の世話を焼くのは当然のこと。
御幸や沢村の分の食事は、あくまでそのついでらしい。

そして翌朝から、トレーニングだ。
4人でストレッチやランニングから始まり、黙々と身体を動かす。
初日はオフの間、眠っていた身体を起こすのが目的だ。
ピッチングやバッティングなど、ボールを使った練習はしないはずだったのだが。

「な、投げたい!」
自主トレ終了直前、おねだり(?)を始めたのはやはり三橋だった。
学生時代から「投球中毒」とまで評された三橋の投げたがり。
それはプロになってもやはり健在だ。
そして今は専属トレーナーになった阿部に上目遣いに訴えているのだ。

「何か拾って欲しい捨て猫みたいなんだけど」
御幸は笑わずにはいられなかった。
御幸も沢村も阿部ももはや青年、いやオッサンの域に入ろうとしている。
だが三橋だけはいつまでも10代の少年みたいに可愛らしい。

「オレも投げたいし、キャッチボールしねぇ?」
すかさず助け舟を出したのは、沢村だった。
そして「ちょっとならいいだろ」と勝手に話を進めている。
結局阿部が「ちょっとだけだぞ」と折れた。

「じゃあ守護神、やろうぜ!」
沢村は三橋の活躍を称えるように、声をかけた。
三橋は「しゅ、ごしん?」と首を傾げている。
御幸はすかさず「切るところ、おかしいぞ!」とツッコミを入れた。
そして笑い声の後、沢村と三橋はキャッチボールを始めたのだが。

「オレらもやります?キャッチボール」
阿部がそう言ったが、御幸は「いや」と首を振った。
そして取り出したのはバット。
御幸の今の気分はキャッチボールではなく、素振りだった。

やっぱり気分、落ちてるのか?
御幸は沢村をチラリと見ながら、そんなことを思った。
三橋に「守護神」だなんて、沢村らしくない。
もしかして絶好調だった三橋に、嫉妬でもしているのか。

「御幸先輩、フォーム改造とかしてます?」
物思いに耽りかけた御幸に、阿部が声をかけてきた。
我に返った御幸は「お前、鋭いね」と笑う。
御幸はまた思うところがあり、バッティングフォームを変えようとしていたのだ。

「そうだ。ちょっと素振りを見てもらっていいか?」
御幸はバットを構えながら、そう言った。
今やプロのトレーナーである阿部に何か気付いたことがあれば指摘してほしい。
阿部も気さくに「いいっすよ」と答えたのだが。

「それ、おかしくないっすか?」
沢村がキャッチボールをやめて、こちらに向かってやって来た。
三橋は何が起きたかわからず、オロオロしている。
御幸も「おかしい?」と首を傾げた。

「阿部は三橋の専属でしょ。御幸先輩を見るのはおかしいと」
「そんなに杓子定規に考えるなよ。オレはかまわないけど」

沢村の言い分に阿部がフォローを入れる。
だが御幸は「そうだな。オレが悪い」と頷いた。
阿部とは旧知の仲だが、今は三橋が金を払って雇っているトレーナーだ。
友人の延長で軽く意見を求めるべきではないというのは、もっともだ。
だが御幸があっさり非を認めた途端、沢村が急に狼狽えだした。

「すんません!頭、冷やして来やす!」
不意に沢村は勢いよく頭を下げると、くるりと身を翻して走り出した。
デカイ声とデカイ動作に、御幸も阿部も驚く。
三橋はビクンと身体を震わせ、目を見開いていた。

結局沢村は走り去り、残った3人の間に微妙な沈黙が漂う。
三橋は御幸をチラリと見たが、すぐに沢村を追って走り出した。
御幸はそんな三橋を見送りながら「あ〜あ」と苦笑した。

「オレより三橋の方が、うまく話をまとめちゃうんだろうな。」
「ド直球で嘘がないから、説得力があるんすよ。」
「・・・それって、オレが嘘つきみたいじゃん!」

残された御幸と阿部は軽口を叩き合いながら、後片付けを始めた。
とりあえず今日のトレーニングは終了。
後は妙なしこりを明日に残さないようにすることだ。
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