「おお振り」×「ダイヤのA」

□挑戦!その15
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「だい、じょぶ?」
三橋はいつになく取り乱した様子の沢村に声をかける。
だが沢村に「お前も知ってたんだろ?」と恨みがましく文句を言われ「ゴメン」と肩を落とした。

遠征から戻ったら、とんだ修羅場が待っていた。
三橋は阿部、御幸と共に、帰宅した。
だがエレベーターを降りたところで、沢村が怖い顔で仁王立ちしていたのだ。
おそらく自分の部屋の玄関口で、帰りを待ちかまえていたのだろう。
そしてエレベーターの音が聞こえたところで、飛び出してきたようだ。

「メジャーに行くって、本当かよ!?」
沢村が突進した相手は御幸だった。
阿部が思わず「マジか」と呟く。
御幸はメジャー行きを希望しており、移籍先を捜している。
それが意図せぬ形で、沢村の耳に入ってしまったらしい。

「来年からメジャーでやりたいと思ってる。」
「何で、言ってくれなかったんだ!?」
「まだ本決まりじゃないから」
「本決まりになるまで、言わない気だったのか!?」

2人の珍しく喧嘩腰のやり取りに、三橋はオロオロと動揺した。
沢村は結構、感情が表に出やすいタイプではある。
だけどこんな風に悲し気に怒るのを見るのは、初めてだ。
御幸も普段とは全然違う。
たった1歳しか違わないのに、いつも頼もしい存在だった。
それが今は妙に心細げで切なそうに見えた。

「あんたにとってオレって、その程度の存在だったってことっすね!?」
「違う。」
「違わないだろ!」
「違う。そうじゃない。」
「じゃあちゃんと説明しろよ!」

次第にヒートアップする沢村に、御幸は困惑していた。
何と言っていいのか、わからないのだろう。
だけど上手い言葉を捜して黙る御幸に、さらに沢村が苛立つ。
三橋も阿部もどうしていいかわからず、立ち尽くすだけだ。

「もういい!あんたとはもう」
「え、栄純、君!」

怒りに任せて別れを口にしそうな沢村に、三橋は慌てて口を挟んだ。
そして「オレ、の、部屋!来て!」と誘った。
何か策があるわけではない。
だがこのまま廊下で怒鳴り合っても良いことなどない。
こうして驚く御幸の前を通り過ぎ、三橋は沢村を自分の部屋に連れて行った。

「どうぞ」
三橋は湯を沸かし、茶を準備した。
実家から送られたものの、あまり飲む機会がない日本茶。
三橋自身は知らないが、実は高級茶葉だったりする。
ゆっくりと時間をかけて茶を淹れると、湯呑を沢村の前に置いた。

「だい、じょぶ?」
「お前も知ってたんだろ?」
「ゴメン」

沢村に恨みがましく詰め寄られて、三橋は肩を落とす。
だがすぐに「教えて、もらった、わけ、じゃない」と付け加えた。
チーム内では公然の秘密という感じなのだ。
三橋は聞くとはなしに、聞こえてしまったという感じだ。
最初に誰から聞かされたのかさえ、憶えていない。

「御幸先輩、もうオレのことはどうでもいいのかな?」
「そんなこと、ないよ!」
「なんで、そう思う?」
「大事、だから、言えなかった!」
「だからどうしてわかるんだよ!」
「御幸、先輩、見てれば、わかる!」

三橋は声を荒げてしまった自分に気付き、我に返った。
落ち着かせるつもりが、逆に取り乱してどうする。
三橋はゆっくり深呼吸すると、ズズッとお茶を啜った。
たまに飲む日本茶は、渋くて美味い。

「栄純君、なら、どう?」
「どうって?」
「もし、栄純君に、メジャー、行きの、話。出たら」
「ハァ!?」
「どう、伝える?」

三橋はそう言って、また茶を啜った。
沢村はむずかしい顔で考え込んでいる。
自分と御幸の立場が逆だったら、どうするか。
それを想像して、ようやく御幸の苦悩を察したらしい。

「とにかく、ちゃんと、話して。勢いで、別れちゃ、ダメ!」
「わかった。話すよ。だけど今日はやめておく。」
「そ、だね。しっかり、考えた方、が、いいかも。」
「ありがとな。廉。」

沢村はようやく落ち着いたらしく、茶に手を伸ばした。
そしてズズッと啜ると「これ、美味いな!」と笑う。
よかった。何とかなったみたいだ。
三橋は「でしょ」と答えながら、ホッと胸をなでおろしていた。
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