Blue Hour-72140-

□Le monde est rempli des mensonges.
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昔から、他人の感情を妙に読み取ってしまう節があった。

表面では笑っていても、内面では嘲っている。
口では心配そうな台詞を吐いていても、心の隅では楽しんでいる。
真剣なそぶりで聞いているふりをして、その実、何の感情も抱いてはいない。

そんな人の裏側が、手に取るように視えてしまうのだ。

そうして俺はいつからか、眼鏡を掛けるようになった。

ガラス一枚通して見る世界は、薄いフィルターを掛けたように、自分の鋭利な感覚を和らげてくれる。

そんな気がしていた。



いつだって、世界は嘘で満ちている。





Blue Houe-72140-
Le monde est rempli des mensonges.





「女遊びとは、なかなからしくない事したねぇ、チアリ」


空軍本部の、無機質な廊下。
向こうから苛々とした様子で歩いてきた同期の男に、そう言葉をかけた。
もちろんカマをかけただけであるが、どうやらビンゴだったらしい。

チアリは、随分と解りやすい。
歩き方一つとっても、心の内がすぐに表面に表れる。

解りやすいと言えば、近頃チアリのフライトチームに入隊してきたあの男の子もだ。
アサヒ・サイソウと言ったか。
へらへらと笑って軽口を叩くただのお調子者のようにも見えるが、彼もまた、心に何かを背負っているような。
そんな空気を漂わせている。

「嘘吐いても、バレてるよ」

チアリの後ろ姿を見送りながら、そんな言葉が吐いて出た。





「おらぁ、飲めよ、ダイチ!」

「あぁ、もう!ほんっっとに酒癖悪いよね君は!」

数日後の夜。
チアリのフライトチームで行われた少し遅めの新人歓迎会に、俺は出席していた。

普段からチアリとは酒を酌み交わす仲ではあるが、今日はいつも以上に酒癖が悪い。
きっと、新しく出来た仲間にはしゃいでいるのだろうと思った。

「あれ、ワコは?」

チアリにだいぶ飲まされたのだろう。
アサヒ・サイソウが覚束ない足取りで立ち上がり、周囲を見回した。

言われて見てみれば、その人物が居ない事に気づく。

ワコ・シンラ。

チアリの率いる、シエル空軍でもトップクラスのフライトチームに入隊してきた女性パイロット。
一見するとまだ十代半ばの少女のようであるが、その腕前は息をのむほどのものらしい。

初めて彼女と言葉を交わした時、苦手だと、思った。

全く裏が読み取れない、純真そのものといった彼女が、どうにも苦手だった。

「僕が見てきますよ」

アサヒ・サイソウに、にこりと微笑みかける。

これは、ちょっとした遊び。

彼がワコ・シンラを特別に思っている事に気づいているからだ。

性悪な自分に内心で自嘲しながら、彼に微笑む。

「いっすよ!俺が見て来ますか、らっ!?」

「座れよサイゾウ!お前はまだ飲み足んねぇだろ!」

さぞむきになって喰ってかかってくるだろうと思ったが、それはチアリに止められてしまった。

「犬の捜索頼んだぞダイチ!」

言われてしまえば、行く他ない。

少しだけからかってから、アサヒくんに行ってもらう予定だったのに。

やれやれとため息を吐きながら、歓迎会が行われている多目的施設から外に出る。
『夜』の設定がされている建物から外に出ると、眩しさに目が眩んだ。
時間は夜の22時を回る頃か。外には二つ目の太陽が燦々と輝いているが、人の気配は無い。

「何してるんですか?ワコちゃん」

建物の角を左手に回り込んだ先に小さな人影を見つけ、声をかける。
空を見上げていたその人物が、こちらに向き直った。

「ダイチさん。ちょっと、外の空気が吸いたくなって」

微妙に呂律が回っていない。
酔った頭を冷やしに出たらしかった。
冷やす、とは言っても、外はかなり暑くはあるが。

ワコ・シンラは、再び空を見上げた。

その潤んだ瞳が、まるで空に恋でもしているようで。
思わず、問いかけていた。

「そんなに好きなんですか、空」

「好きですよ!空は、広くて、青くて、自由に飛べるんです!あたしを、自由にしてくれるんです!」

きらきらとした笑顔で、変わらずに空を見上げ続ける。

「そうですか。楽しそうですねぇ……」

「楽しいです!あたし、空を飛べれば他には何もいらないくらい、それくらい空が好きです」

その純真無垢といった笑顔に、苛、とした感情が湧きあがって来る。

――どうして、こう。

「……その楽しみ、僕にも少し分けてもらえませんか」

眼鏡を外し、じりじりと彼女を壁際に追いやっていく。

「ダイチ、さん……?」

小さな身体を覆うように片手を壁に付け顔を近付けると、ふる、と彼女の身体が震えた。

この純真な心を、どうしようもなく壊してやりたい、と。
黒くてどろりとした、タールのような感情が渦巻いていた。

「男は、まだ知りませんか」

耳元でわざと囁くようにそう言うと、華奢な肩がぴくりと跳ねた。
細い首筋を、指先でなぞる。

「……ダイチさん」

唇が首筋に触れたその瞬間、ふいに視界が暗くなった。

「何ですか、ワコちゃん」

目を覆ったのは、小さな手。
あたたかい、まるで少女のような手だった。

「ダイチさんは、こころが綺麗なんですね」

その言葉に、小さな手に重ねた自分の指先が震える。

「何を……」

「綺麗すぎて、何でもみえて、何でもかんじてしまうから。だから、つらいんですね」

酔いが醒めていないのだろう。
まだあまり舌の回っていない様子でそう言われ。

今度は、心がびくりと跳ね上がるのを感じた。

「どうして」

どうして、そんな事を。

言おうとして、先の言葉が詰まる。

やめてくれ。
俺の心は、綺麗なんかじゃないんだ。
ただ、周りの裏を見抜いて、そうしないと。

そうしないと、自分を守れないから。

そう。
そうだ。

俺は、自分の心に嘘をついて、皮肉に世界を見て。
それで、自分を守って居たかっただけなんだ。

「……戻りましょうか」

再び眼鏡を掛け直し、彼女に極力優しく笑いかけて、手を引いた。

――頬に伝った涙は、バレないように拭えただろうか。





「お前、昨夜どこに居たんだよ」

翌日。
休憩時間、ふらりと格納庫に立ち寄ってみると、そこには新人二人の姿があった。

アサヒ・サイソウはまだ作業の途中なのだろう。
作業服を汗で濡らして、マグボトルの水を一気に口へ流し込んでいる。

彼は、昨晩酔いつぶれてチアリに担がれて自室に戻ったらしい。
朝、顔を合わすなりチアリに愚痴を吐かれたけれど、彼の顔は綻んでいたように見えた。

ワコ・シンラはと言えば、格納庫の資材の上に座り、子供のように足をばたつかせている。

「んー、酔っ払ってて覚えてない」

「んっだよ!任務終わったらしっかり聞くからな!」

よく分からない捨て台詞を吐いて、ばたばたと格納庫から走り去る。

相当、気になるみたいだな。

そう思い小さくほくそ笑んでから、俺はワコ・シンラの元へ歩み寄った。

「……ワコちゃん。今の、嘘でしょ」

言うと、答えの代わりに返ってきたのは、子犬のような可愛らしい笑顔で。
ぱたぱたと無邪気に駆け寄ってきた彼女の頭を、優しく撫でた。


君は、本当に――


世界が、あたたかい色を帯びはじめたように見えた。



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