Blue Hour-72140-

□A luz que esta morno.
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【twitter診断お題より】
・顔を思い出せないんだ、背中しか知らないから
・(あいしてる。言えないくらい、愛してる)
・面倒な恋ならば粉々にしてしまえ




鳴り響くジェットの轟音と、爆発音。
燃え盛る炎の光景は、見慣れた街とは程遠く。
緋々とした景色の中に、その影はぼんやりと浮かぶ。

――いいか、振り向くな。お前だけでも、助かってくれ――

最後に覚えているのは、その言葉だけだった。



Blue Houer-72140-
A luz que esta morno.



「っ、は、ぁ……」

嫌な夢で目が覚めた。
枕元の時計は、深夜2時を指している。
窓の外からは雨音が聞こえていた。

「……チッ」

小さく舌打ちをして、それから大きく息を吐く。

雨の日は、大概同じ夢を見る。

幼い頃、二つ目の太陽が現れた、あの日の夢を。

あの日。得体の知れない太陽に皆が見入っていると、それは突然現れた。
黒い機体を鈍く光らせて、次々と街を、想い出を破壊していった。
混乱と混沌の中、俺を逃がしてくれたのは親父だった。
けれど覚えているのは、その背中だけ。今ではその後ろ姿ですら朧気になってしまっている。

思い出したいのは、あんな悲惨な光景ではないのに。
呪いのようにこびりついて、頭から離れない。

「……む、ぅ……」

もう一度溜め息を吐いた所で、二段ベッドの下で眠る同僚の寝息にハッとなる。
それと同時に、何故だか少し安心した。
ベッドを降りて、その顔を覗きこむ。相変わらずアホな寝顔だ。

「ダイチ、さ……しゅーくりー、む……ぅ……」

「……てめぇ」

寝言。
出てきた名前に、思わず頬をつねる。そんなに嬉しかったのか。あのシュークリームが。

「……買ってきてやんよ、俺が」

コイツは、きっと覚えていないだろう。

あの時、俺の心をどんなに救ってくれたか。




家族も、住む街すらも亡くした幼い俺は、当然のように孤児院に送られた。
周りとも馴染めず、独りで部屋に籠ることが多かった。
そんなくそつまらない孤児院での生活が1年ほど過ぎた時、隣街の孤児院との交流会が開かれる事になった。

俺は相変わらず独りで空を眺めていた。

「そら、すきなの?」

独りで空を睨み付けていた俺に、俺より少し年下であろう少女が話しかけてきた。

「嫌いだよ。空も、飛行機も」

吐き捨てるように言った俺に、少女は目を丸くする。

「そうなんだ?あたしはだいすき!あおくて、ひろくて、それで、それで……」

俺のことなど全く無視して、空への想いを一生懸命に話し出す。
まるで嬉しそうにじゃれてくる犬のようだった。

「だからね!あたしはとりになりたいの!」

「鳥に?」

「そう!とりになるには、ひこうきに乗ればいいよって、せんせい言ってた!」

空、飛行機。
こうも嫌いだと言った単語を嬉しそうに言われ、俺は苛、と口を開く。

「空なんて、飛行機なんて……!大嫌いだ!父さんや母さんを、みんなみんな、無くされて……!」

言って、突然の温かな感触に身体を震わせた。

「なかないで……」

少女の小さな温かい手が、頬に触れていた。

俺は、泣いていた。

あの日以来、感情なんて無くしたように、一度も泣かなかったのに。

「そらがきらいだなんて、いわないで……?」

「だってあいつは、空から来たんだ……」

「でも、きっと、おとうさんもおかあさんも、そらからみてくれてるんだよ」

その言葉に、思わず顔を上げる。

「ワコのおとうさんとおかあさんも、お空からきっとみまもってくれてるって、そう言われたの」

少女は、小さな体をいっぱいに動かして青い空を仰ぎ見た。

「だから、あたしはそらがすき!大きくなったらひこうきに乗ってね、そらを守るんだ!」

「空を……」

守る。

憎しみの対象でしかなかった、あの空を。

父と母がいる、あの空を。

「ワコちゃーん!お時間ですよ!帰りましょう」

「はーい!えっと、じゃあ、またね!」

ぱたぱたと走り去る少女の後ろ姿を、見えなくなるまでずっと見つめていた。

「……犬みたい」

ぐいと頬を伝う涙を拭いて、悔し紛れに呟いた。


――守る。

そうか、あの空を、そして、皆を。

俺が……。




それから、見る景色が一気に変わった。
猛勉強をして士官学校に入学しトップの成績で卒業、それからシエルの空軍に進んだ。
入隊式でワコの姿を見た時、すぐに解った。屈託のない笑顔。自己紹介では、相変わらず空が好きだとはしゃいでいた。

「寮の部屋割りは資料にある通り!荷物置いたらさっそく訓練始めっさらさっさとしろよ!」

童顔の上司がわざとらしくドスをきかせてそう伝える。

「えぇと……アサヒ・サイソウさん?」

下から聴こえた声に、思わずぴくりと身体が反応した。

「あたし、ワコ・シンラ!ルームメイトみたいだから、宜しくね!」


知ってる。

知ってるよ、お前のことは。


そう思いながら、あの日のように悪態をついてみた。

「……犬みてぇだな、お前」

「……へっ?」

まんまるく見開いた瞳は、あの日と同じで。
黒々とした瞳が本当に犬のようで、思わず吹き出した。

「くはっ、確かに犬っぽいなァ。ワコじゃなくてワンコか!いいじゃねぇか、さっそくアダ名が出来て」

「なっ、やめて下さい!あたしワンコじゃありませんから!!」

『初対面』のそいつが、キャンキャン喚く。

いや、犬みてぇだよ。お前は。
そっと側に寄ってきて、心をふわりと癒してくれる。




「俺は、守らなきゃいけねぇんだ……」

唐突に思い出した昔話。
ぽつりと呟いて、寝返りを打ったワコの髪をそっと撫でる。
コイツに対するこの気持ちが、もしも愛だの恋だのというような感情なら。
現状、面倒なことこの上ない。そんなモノ、いっそ砕けてしまえばいい。

むにゃむにゃと聞きとれない寝言を繰り返すワコに一瞥をくれて、寝乱れたタオルケットを掛け直してやる。


「そんな簡単なもんじゃねぇんだよ」


そしてもう一言、小さく独白を吐き出した。


誰にも、聴こえないように。


(あいしてる、なんて言葉では現せないほどーー)



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