「くーろさきくん」
10月31日。放課後、教室。
目の前の井上が、やたら楽しそうに笑いながら両手を差し出す。
「トリックオアトリート!」
「は?」
「えっと、だから・・・トリックオアトリート、です!」
「・・・仮装もしてねえ女子高生が何言ってんだよ」
「でもでも!
黒崎くんからお菓子をもらったり、黒崎くんにいたずらできる貴重なチャンスなので!」
見逃す手はないと思うのです!と両手を握りこぶしにして、目の前で断言されたら、一体。
俺は、どーすりゃいいですか。
まあ、でも、とりあえず。
井上が来るまで食べてたフリスクを机の中にしまい込んでみる。
「生憎と菓子の類は持ってねえよ」
「え?」
「だから、どーぞ」
「えっ、ええ?」
「ほら、イタズラできる貴重なチャンスなんだろ?・・・どーぞ」
「・・・ええええっ?」
机に軽く寄りかかっていたのを、浅く座ることにして。
井上の目の前、目を閉じる。
「あのっ!本当に何もないの、かな?」
「残念ながら・・・」
「えーっと、アメとか何か一個でもっ」
「だから、持ってねえよ」
いざとなったら怯んでるのが、目を閉じてても伝わってきて、口の端が緩みそうになるのを必死で我慢。
「どんなイタズラしてくれんのか、期待して待ってっから」
「・・・っ、やっぱりなしっ!
ハロウィンなしでいいです!」
「貴重なチャンス、なんだろ?
見逃す手はねえぜ?」
逃げ腰になってるのは予想の範疇内だから、逃げ出せないように目をつぶったままで井上の両腕を掴んでみる。
「えーと、えーっと!ま、また今度、で」
「くどいな。早く来いよ」
「どっ、どうしてそんなにいたずらされたいのっ?」
「そりゃ、モチロン。
井上のしてくれるイタズラだからだろ?」
「・・・ううう」
あー。困らせる、までいったらさすがに行き過ぎだよな。
そろそろ勘弁してやるか、と思った、瞬間。
開いた目に映る、長い睫毛。
遠慮がちに重なる、唇。
柔らかな舌先が、軽く歯列を撫でる。
結構、本気で、驚いたから。
イタズラは大成功かも、な。
呆けたまま井上を見つめれば、
みるみる赤くなる頬と、困惑していく眉毛。
「・・・ミントあじ・・・」
「は?」
「・・・いちごと、ミントの味」
口元を抑えながら、じりじりと後退していく井上に、しまった!と気づいた時にはもう。
鞄を抱えて、脱兎のごとく走り去る井上の後姿。
意外に逃げ足の速い井上に追いつけたら、
どのぐらい甘い菓子を貢ごうか。
どうしてもにやついてしまう口元を一度、親指でなぞりながら考えて。
机の中のフリスクをポケットに突っこんで、
鞄を引っ掴んで、
駆け出してく、
10月最後の日の廊下。
2011.10.31
七夕に続き、昼休みクオリティー 笑