はこいりいちご

□明さんへ(新生活・梅雨編)
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「・・・ん」


黒崎くんの腕の中、目を覚ます。


細かく震える枕もとの携帯にそっと手を伸ばせば。

一気に引き戻される、現実。


「・・・!」


慌てて身を起こすと、黒崎くんの声。


「・・・いのうえ?」

「ご、ごめんね。起こしちゃった?」


慌てて布団で体を隠して、布団の周りに散らばった服を、ちょっとずつ引き寄せる。


「・・・帰んの?」

「うん。今日、一限目からなの」


布団の中で服を着るのに悪戦苦闘してると、隣から聞こえる、ため息。


「・・・じゃ、送ってく」

「大丈夫だよ、一人で!
お部屋戻って着替えたら、すぐ行かなきゃだし!」


『だから、まだ寝ててね?』

『起こしてごめんね?』


まだ半分夢の中にいる黒崎くんの額に、二回キスをして。

まだ走る前なのに熱い頬を手で押さえ、黒崎くんのお部屋を後にした。







「あ、雨!」


無事に一限目を終えて、廊下に出るとどんよりした空からぽつりぽつりと雨が零れ落ちる。


「んー、どうしよう。
今日一日中、雨かなあ?」


梅雨特有の湿度を増した空気に、ほんの少し憂鬱になる。


「織姫ちゃん、傘持ってこなかったの?」


この春に新しく出来た友達に問われ、えへへと頬をかく。


「朝、ニュース見なかったの?
今日は一日中雨だよ?」

「あ、朝!・・・えっと、朝はニュースを見る余裕がなくて・・・」

「仕方ないなー。
駅までで良かったら後で入れてあげる」

「わ!ありがとう!」

「織姫ちゃんは、意外にぼんやりしてるんだねー」


隣を歩く友達に嬉しそうに笑われて、嬉しくて笑い返す。

まだ、出会ってほんの二ヶ月くらい。

お互い少しずつ知り合うのが、もどかしくて・・・照れくさくて、嬉しい。





別の授業を受ける友達と別れ、大講義室に入る。


『あ、あれ?』


戸口の前で、足が止まる。


まばらに埋まった席の中。
窓際の席に。

大好きなオレンジの髪を見つけた気がして。


ぎゅっと目を瞑ってから、目を開いて。
もう一度確認して。


それからそっと段を降りて近づく。


気づかれないようにそっと近づいたつもりなのに、声をかける前に黒崎くんが振り向く。


「おはよう、井上」

「お、おはよう、黒崎くん。
でも、な、何で?」


隣に腰を下ろすと、黒崎くんが指し示す窓の外。


「雨降ってんのに、俺の部屋に傘、忘れてったろ?」

「あ」


朝、黒崎くんの部屋を慌てて出たから。

玄関に立てて置いた傘の存在をすっかり・・・。


「忘れてました・・・。
ごめんね?ありがとう」

「どーいたしまして」


始業のベルの音に、慌てて席を立つ。


「ご、ごめん、今、避けるね?」

「いいから、座ってろって」

「え?でも授業始まっちゃうよ?」

「いいって」


講義室の後ろのドアから教授が入って来るのを見て、慌てて座る。


黒崎くんの、隣。


「・・・当然のことながら、教科書持ってないんで・・・見せてくれるか?」

「・・・うん」


前の席から出欠カードが回ってくる。

黒崎くんが悪びれた様子もなく受け取って、そのまま後ろの席に渡す。

あたしの手元には二枚の出欠カード。


学部の違う、黒崎くんとあたし。

並んで講義を受けることはなくて。

しかも、この講義は黒崎くんは履修してないから・・・あたしはドキドキしてたんだけど。


左肘をついて、教科書をぱらぱらとめくる黒崎くんを見てたら少しずつ少しずつ、落ち着いてくる。


こんな風に同じ授業を受けてると、なんだかあの頃に戻ったみたいだね?



『なんか懐かしいな』


机の上を滑って、あたしの手元に来たルーズリーフには、黒崎くんの、字。


思わず隣を向けば、少し照れたような笑顔。


その後、さっきの一文を線で消して。


『とかいっても隣の席になったことねーけどさ』

『そうだね』

『2年でクラスもわかれたし』

『あの時はショックだったなあ』


くっ、と押し殺した笑いが、黒崎くんの喉から漏れる。


『おかしいかな?』

『そうじゃなくて地味に嬉しい』



『あの頃、もうちょっと早く気持ちに気づけたら良かったよな?』

『もったいねーって本気で思ってる』



肘と肘をくっつけあって。

一枚のルーズリーフに綴る、くすぐったい言葉たち。





あの頃。

今と同じく新しい友達、新しい環境にワクワクして。

少し大きい制服の重さに、戸惑いながら。



今と同じく。

あたしは黒崎くんに、恋をしてたよ。







『教室よくわかったね?』

『履修表見てたから楽勝!』


強気な感嘆符に思わず微笑んでると、黒崎くんの指が教科書を一枚、めくる。

教壇を見てる黒崎くんの横顔を、こんなに近くで見れるなんて。

あの頃は想像もしなかったなあ。



ふと、黒崎くんと目が合って。

妙に照れくさくなって視線を落とせば、ルーズリーフにとどめの一言。



『待たせちまった分

 今ベタ惚れだけど

 分かってマスか?』



心臓を打ち抜くような疑問符に。

強くなっていく雨の音に合わせるように、とくん、とくんと早まるあたしの胸の鼓動。

くっついた肘から、体中に広まる、熱。

右手で押さえる頬が、熱い。



あの頃より大人びた横顔の黒崎くんに。

あの頃より近づいた距離に。

あの頃は知らなかった、体温に。



  雨音のリズムで

  もう一度、

  恋してしまう、よ?





シャーペンの先が折れちゃって、慌てるあたしに、黒崎くんの喉がもう一度、笑いを押し殺す。



震える字で、一言だけ


『ハイ』


と書けば、赤いペンでぐりぐりと花丸をくれる、大好きな人。




屋根を打つ雨の音さえ、耳に入らないほどに。

いつだってあたしを内側から掻き鳴らす、大好きな人。



あの頃、叶わなかった想いを、叶えてくれた黒崎くんに。


なんとか想いを伝えたくて。

一生懸命、言葉を捜しながら。





ぎゅっとぎゅっとシャーペンを握る、


雨音の中の、二時限目。










2011.7.5

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