あまいいちご

□*4ヶ月*
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約束の時間、5分前。

アパートの階段下に佇む後姿。


俺の足音で振り向いた井上が、微笑む。


「おはよう、黒崎くん」

「おう!おはよう、井上」

「・・・なんだか緊張、しますなあ」

「ビミョーにな」


編みこんで横にまとめた髪。

小花柄のカットソーに、レースの縁取りのグレーのジャケット。

予想外なスキニーデニム。



「・・・へん、かな?」

思わず凝視しちまったらしい。井上が不安そうに聞いてくる。

「いや、違う。結構、意外で」

なんとなくロングスカート、っていうイメージが強くてな。

「えーと、一応、どういうプランでも対応できるようにと、思いまして」

照れながら俯くから、覗いた白い項に見とれちまう。





「とりあえず、映画でもいかがっすか?井上サン」

何日も前から色々考えて。

悩みすぎて結局は無難な方へ逃げたけど。

それでも隣で笑って頷いてくれるから、ホッとする。


「いいっすねえ!映画は久しぶりだから楽しみ」

「何観るかは、行ってからにすっか!」

「了解です!」


ふと、肘にかけたバッグに目が留まる。

「それ、持ってやろうか?」

「あ、ありがとう!でもいいよ」


差し伸べた手がカッコつかなくて、苦笑い。


それでも。


「じゃ、手」

ほら、と促すとおずおずと重なる井上の右手。


「・・・ドキドキするなあ」

少しぎこちなく歩き出すと、隣で井上が呟く。


それはこっちも一緒。 

たつきやルキアと二人で出掛けたことは何度もあるけど、よ。 


 彼女とデート、ってのは初体験なわけで。 






「バス、乗る?」

「いや、天気もいいし散歩がてら歩かねえ?」

井上のぺたんこ靴を目で確認してから言うと、 

「お散歩!大好きっす!」

  だと思ってました。 


放課後、井上に偶然に合う時は、公園とか河川敷とか歩いてるのが多いもんな。 

…密かにジョギングコースに入れてたのは、井上には言わないけどよ。 





「あ!かわいいね、あのわんこ!」

「黒崎くん、ここのパン屋さん、すっごく美味しいんだよ?」

「雑貨屋さんが出来てる!いつの間に」



ちょっとした事に感動する、抑揚のあるその声が好きだ。

横にいる俺でさえ、つられて楽しくなるような。

通りなれた道も意外な発見で、新鮮。


「井上と歩いてると退屈しねえな」

「・・・そう言っていただけると、嬉しいです」


そこで照れるの正解。

ずっと一緒に歩けたらって、柄にもなく思って言ったからさ。







駅前の映画館は、スクリーンも2つしかねえ小せえ映画館。

けど、シネコン系の映画館じゃやってないようなのが見れるんで、俺は結構スキなんだよな。

ちょうど上映10分前の、リバイバルのがあったんで即決。


チケットを2枚買って振り向くと、慌てて財布を取り出す井上。


「いいって、奢るからよ」

「わ、悪いよ。あたしにも払わせて」


せっかくの初デート、なわけだし。

なるだけスマートにいきたいんだけどよ。


そんな風に困り顔で見上げられると

  弱い、ワケで。


「じゃ、俺にコーヒー奢ってくれよ」

「了解です!」

小走りにカウンターに向かう後ろ姿に、思わず頭をかく。


井上が笑顔で持ってくるトレーには、Lサイズのカップがふたつと、特大のポップコーン。


非常に危なっかしいんで・・・交代な?


井上が差し出して切ってもらう二枚のチケット。


それすらも。

どうしようもなく、

くすぐったい、気分。







選んだ映画は、俺にはドンピシャで。



濃密な言葉の世界。

詩に託す、愛の言葉。

気づかなかった、故郷の美しいもの。

波の音、崖に吹く風の音、
星の降る、音。
漁師の網の音。
そして、胎内の小さな、心音。




隣の井上を、見る。

スクリーンに見入る横顔に、ほっとして。

もう一度、おんなじ世界に入るべく、スクリーンに向き直った。







結局、ほぼ手付かずのポップコーンと飲み物を抱えて、映画館を後にする。

映画の余韻で、口が重い。


初デートで無言とか、フツーありえねーよな。


それでも、無理に口を開かなくていいこの雰囲気に、

初めての恋に浮かれてる今だけじゃなくて、

この先を確かに感じる俺。







公園のベンチに座ってようやく息をつく。


「デート向きの映画じゃなかったよな。悪い」

「え?そんなことないよ!すごく暖かくて、切なくて・・・いい映画だったよ?」

「俺もすげえ好き」

「なんていうか・・・知ってる風景を大事に思える感じがするよね?そういう感覚は、初めてじゃないんだけど」


ああ。確かに似てるな。

一ヶ月ぶりに見る町並みを、噛み締めながら歩いた時の感覚に。




改めて隣に座る井上を、見つめる。




うまく言葉に出来ねえけど、


おんなじ感覚を共有できることが、

気持ち良くて、心地良い、存在。




「こういうのをさ、ずっと続けてけばいいんだよな?」


昼下がりの公園。

ポップコーンに、ベンチ。

重苦しくない沈黙。


肩を並べて見る、同じ風景。




「こういうのって・・・どういうの?」


・・・たまに上手く通じないのもご愛嬌。



「井上が嫌じゃねえんなら、二回目以降のデートとかも今日みたいな感じで、さ」

「い、嫌じゃないよ!むしろ・・・これからもお願いします」


映画の中の詩が俺の胸にも降ってくるような、井上の笑顔。







ポップコーンとコーヒーをやっつけて、立ち上がるベンチ。


二三歩前を歩く井上の後ろ姿。



きっと俺と同じように。

何日も前から色々考えて、どこ行っても大丈夫なように、選んでくれたスキニー。

すらりと伸びた脚に見とれちまう、情けない俺だけど。



追いついて、後ろから掴む手首に。

びっくりして振り返って。

絡める指先に、頬を赤らめて、笑う井上。



どんなつたない言葉でだって構わない。

紡ぐ言の葉で、愛を勝ち得たあの主人公のように。



「好きだ、井上」

「ふ、ふ、ふ、不意打ちはなしですぞ!黒崎くん」

「オマエは?」

「・・・好きです、黒崎くんが」



何度聞いても、胸の奥からくすぐったくて。

甘ったるくて。

  たまんねえ、な。







「何か食いに行くか!奢るし」

「え!ダメ!次はワリカンでお願いします!」

「それぐらいの甲斐性はあるぜ?」

「甲斐性、とかじゃなくてね?」

「なんだよ?」



「えっとね?奢ってもらって土日しか会えないより、

ワリカンでいっぱい会えるほうが、嬉しいです」




スマートに、とか、そつなく、とか。


俺の小さい自尊心を軽々飛び越えていく、

俺に向けられる、恋心。





「負けるわ、マジで」

堪えきれずに抱きしめる小さな肩。


「そんな風に想われてるの聞いたら、たまんねえよ」


公園の入り口。

真昼間にこんなこと仕出かす自分自身にもビックリだけどよ。


腕の中で硬直してる井上が、好きで好きで、好きで。


湧き上がる気持ちと、衝動に、

動揺してんのは俺もおんなじ。







至福の数十秒、後。

我に返り、慌てて井上の手を引いて後にする公園。


井上のぺたんこ靴に感謝。
ヒールあったら走れねえだろ?

まさか、こういうシチュエーションは井上も想定してなかったと思うけどよ。


  俺ですら
  してなかったし。







「ホント、どこでもいーから食いに入ろうぜ。・・・ワリカンでさ」


息を整えながら聞けば、同じく荒い息を整えながら、無言で頷く井上。

そんな仕草でさえ、好きでたまんねえけど。



「色々、幻滅してねえ?」

全然、カッコつかねーし。

「もう次回とかナシって思ってねえ?」

結構、がっついてるし。

「散々でもう帰りたい、とか?」



無言で横に振られる首に、心からホッとする。



「いっぱい、会い、たい、とか、ワガママ、って、思って、ない?」


途切れ途切れの言葉に、こみ上げてくる衝動を死ぬ気で我慢。

これ以上、お互いの心臓に負担かけたくねえし。





「んなワケねーだろ?」

井上の乱れた髪を梳かしてやりながら笑う。


「正直、楽しみなのによ」


明日も、あさっても、その先も。


嬉しそうに頷く井上の笑顔に、

もう負けそうな、自制心のない、俺。







胸を打つ早い脈と、

荒い息をゆっくり整えながら、

二人で探索する、いつもと違う、

いつもの街。



できれば明日あたりにも、


今度は反対側にでも、


ずっと歩いて行きたいなんて思う


柔らかな、春の週末。













2011.2.18

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