treasure

□あまうさぎ
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世界を表す色が、俺にはもう分からない。





#あまうさぎ





廊下のタイルの白さが、余計に寒さを際立てる。
上履きのゴム製の靴底が、タイルに擦れて上がる高い音にも苛立った。
ちらりと、曇った窓の向こうの景色を見れば、ため息をつかずにはいられない。
暖房の効いた教室内から一歩でも出た瞬間、肌が刺されたように痛む、その原因が其処にある。
雪、だ。
今年初めての積雪は、記録的な豪雪だ。
前日の天気予報から分かっていたことなのに、実際に朝方カーテンの向こうの景色を見て辟易した。
世界を真白が覆い尽くす。
家屋も木々も、道も、そして自分の心の中さえ覆われていくようで気分が悪い。
そんな重たい感情に再び捕らわれそうになった時、自分の背後で何かが派手に音をたてた。

「ひゃぁっ?!」
「…………」

振り返れば予想通りと言うか、膝をさすっているクラスメイトの姿が目に入る。
その前の床に置かれた、存在を主張しているもの、そして俺の手にもあるもの。
灰色のゴミ箱。

「大丈夫か?井上」
「あはは、ごめんね黒崎くん」

さすっていた膝から手を離して、よいしょっと小さな掛け声で再びゴミ箱を抱えて隣にやってくる。
井上織姫は、俺のクラスメイト。
幼馴染の親友で、俺の特殊な境遇と顛末を知っている大切な仲間の一人だ。

「窓の外を見てたらね、ボーっとしちゃってて」
「こけなかっただけマシだけどさ、気をつけろよ?」
「うん、気をつけます」







ゴミ箱を抱えた俺たちが向かうのは、学裏の焼却炉。
俺たちはこんな豪雪の日に、運悪く掃除当番に当たってしまっていた。
そして、一年の教室から距離のある焼却炉までゴミを捨てに行くということは、つまりジャンケンの敗者組、というわけだ。

「よく降りますなぁ」
「教室から出ると身体がすっげえ冷えるよな」
「そうだね。黒崎くんの鼻も赤くなってるよ」
「井上もな。マフラーもう少し上げとけば?」
「ん、そうしようかな」

片手をゴミ箱から放して、首元のマフラーを引きあげている。
その間足を止めてゴミ箱を一緒に支えてやると、視線があった瞬間井上の瞳が笑った。
ありがとう、ってことだろう。
灰色のスカートから出ている膝は、さっきゴミ箱でぶつけただけではなく赤い。
熱が集まれば赤くなるのに、寒くて冷える時も赤くなるから不思議なものだ。
ただ、そこばかりに視線を送るのはなんとなくやましさを感じて、慌てて窓の外の方へと戻した。
焼却炉は当たり前だが外にある。
今からこの雪の中に出るのかと思うと、足取りは重くなる一方だ。
ふとゴミ箱を引っ張られるような感覚がして井上の方を見れば、マフラーで鼻の半分位まで隠れた姿が目に入った。
しかも、準備万端ですとでも言うかのように生き生きとした瞳が目の前にある。
思わず噴き出しそうになったのを堪えつつ歩きだす。
急に顔を逸らして歩きだす俺に、井上がどうしたのかと聞いてくるけれど、何でも無いと言って誤魔化した。

「焼却炉前って、上履きのままでいいんだっけ?」
「うん。でもこんな日だから濡れちゃうかも」
「あー……」
「下駄箱で履き替えていく?」
「そうだな。ちょっと遠回りになるけど」
「あたしは大丈夫だよ?じゃあ、寄って行こうか」
「ああ」

少し遠回りをして下駄箱に寄る。
途中ですれ違う級友に、また明日と返している井上の声を聞きながら、靴を取り出した。
小走りで追い付いてくる井上を待って、二人揃って校舎裏へ。
予想以上の冷たい外気に思わず目を瞑る。
寒いというより最早痛い。
肌が切れてしまいそうだ。
俺も思わずマフラーを引きあげる。井上の事、笑えない。
下校中の奴らも、あちこちから寒いだの何だのと、悲鳴なのかはしゃぎ声なのか分からない声が聞こえてくる。
足首の上まで軽々と埋まってしまう。いっそ小学生たちのように長靴の方が正解な気がした。
真っ白な雪につく自分の足跡に、井上が面白がっている。
雪を踏みしめる感触も面白いようだ。
東京に滅多に雪は積らない。だから、余計に。

「雪合戦とかしたら楽しそう」
「俺はパス。早く帰って寝たい」
「あらら、黒崎くんは猫ですな」
「は?」
「だって、猫はコタツで丸くなるって」
「あー……いっそもう猫でも何でもいいからあったまりてぇ」
「あはは!」

そうして裏庭に来た瞬間、枯れた枝から重みに耐えかねたのか、雪の塊が落ちてくる。
運悪く井上にヒットした。

「わひゃああ?!」
「い、井上?!」

幸いなことに、そんなに大きな雪崩では無かった。
少し大きめの雪玉が、頭に当たった感じ。
それでも、不意打ちは結構きつい。

「う、つ、冷た……」
「大丈夫か?」

ゴミ箱を地面に置いて、髪にかかった雪をはらってやる。
薄茶色が水気を吸って濡れていた。
頭とマフラーと、肩と、顔の鼻や睫毛の方まで。
その間も何故かゴミ箱を放さない井上に少し苦笑しつつ、ふと自分の手の先を見る。
丁度、前髪の雪をはらっている自分の手。
その向こう、指先の間の先、井上の肌。

「あ、か?」

無意識に自分の口から漏れた単語が井上の耳に届いたのか、井上の身体が跳ねた。

「く、黒崎くん!ももももうだいじょぶで、す!」

俯いて顔を左右に振る井上から、ぱらぱらと残り雪が落ちる。

「あ、あ、悪い。俺、手冷たかったよな?」
「ううん、ありがとう」

そうして、ずんずんと歩きだしてしまう井上を慌てて追った。
同時に、赤く染まった肌が熱かった気がしたのは、自分の手が冷たすぎた所為だと意識の隅に追いやった。



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