■Novel(ファンタジー)

□異変 *
2ページ/11ページ

「実は、1月ほど前に帝国兵を偵察に向かわせたのだよ」
「・・・また、領土拡大を企てておいでですか」
「それは帝王陛下の御意思ひとつで決まる事だ。君がどうこう考える事ではあるまい」
「・・・話の続きを」
 相変わらずの言葉に、僕は落胆を隠せなかった。あの出来事以来、大人しくしていたものだから、冥師達も、その上の帝王陛下も自分達の愚かさに気が付いたものだとばかり思っていた。
「帝国兵が向こうの住民と少し衝突してしまったようだ。それだけならよくある事なのだが、向こう側に少し気になる事があってな」
「気になる事、と申しますと?」
 問う僕に、マセン冥師が苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「向こう側を擁護する者がいるようじゃ。その者、元帝国冥師・・・アオイ=ユフィ」

◇ ◇ ◇ ◇

 延々と続く小道を馬車に揺られながら通る。見えるのは、緑の草原と遠くに小さな民家が数軒。田舎独特の緩やかな時間に、空を流れる雲までもがいつもよりもゆっくりと動いているようにさえ思えた。
 だが、澄んだ空を見上げる僕の心は重かった。アオイの行方が分かった。彼は生きていた。それ自体は喜ばしい事だ。
もしかすると神龍の情報も手に入るかも知れない重要任務。冥師としてならば、何としても成功させなければならない。しかし、僕個人としては、この件から手を引きたかった。下手をすればアオイと闘うことになるかも知れない。彼を殺めなければならないかも知れない。いや、力の差を考えれば、殺められるのは僕の方だろうか。そんな事をぐるぐると考えていた。決意の固まらないままでの任務は危険だ。ハクに乗って移動したならば、心を決める時間さえ与えられる事無く現地についてしまいそうだった。だからこうして移動手段を馬車にし、ゆっくりと考える。
「ルビア」
 突然現れた人物に、馬車の操縦士が驚いて飛び跳ねた。その反動で手元が狂ったのか、鞭の音がパシリと鳴った。乱れた馬の足並みに馬車が大きく揺れたが、すぐに持ち直す。操縦士に式神です、と告げると、ほっと胸を撫で下ろしたようだ。
「ライア、いきなり出てくると周りの人が驚くよ」
 この様な辺境地に、魔王の容姿は愚か、名前すら知らない者が殆どだろう。だが、いきなり何処からともなく人が沸いて出てくれば驚くのは当たり前だ。
「勝手に驚かせとけよ。人生、刺激があった方が楽しいってもんだ」
 よいしょ、と隣に腰を下ろした彼に苦笑い。互いの想いを告げてから半年。特に僕らの関係が変化した訳ではなかった。彼と繋がったのもあの晩だけ。僕としては寂しくないはずがない。それに何より、不安になる。
 あの晩、僕は何か下手なまねでもしたのだろうか、失態があっただろうかと悩みは尽きない。だからと言って、彼に直接、どうしてあれ以来抱いてくれないのかとたずねるなんて真似は、それこそ出来ない。
「おーい。聞いてるか?」
「あっ、何?」
 顔の前で手をひらひらと動かされ、その時初めて彼が僕に何か喋り掛けていたのだと気が付いた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ