■Novel(ファンタジー)

□異変 *
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 春。森の木々は新緑の色に染まり、山に積もった雪は日差しに融けて川のせせらぎの一部になる。帝国領内もまた、春の訪れに賑わいで満ちていた。
 冬の間、ルルネアと自宅を幾度か往復した。その際、僕は新しく得た天馬と言う式神の力を借りることにより、従来の3分の1の所要時間で往来が可能となった。僕が新しい式神を所持することを渋っていた魔王ライアを説得し、それならばと彼が勧めてくれた生き物。そして、やっとの事で手に入れたライアに次ぐ式神だ。馬に2対の翼が生えた様な姿をしており、性格はいたって温厚だった。毛並みは黒から純白まで色々種類があるらしく、僕の所持したそれは真っ白な毛並みをしていた。だから、名前は、ハク。
誰もが喉から手が出るほど欲しいと望む天馬だが、世の中そううまくはいかない。その召喚陣の形式と呪文の読解が難易であること、そして多大な魔力を所持したものでなければ呼び出しが不可能だと言う点から、その生き物を式神として所持している者はごく僅かだろう。それ故、天馬を使役していると言うだけで、それは術師のステータスとなる。
 今日もまた、天馬に跨り空を翔る。あまり高度の高い場所を飛ぶと、そこは空の魔獣たちが暮らす領域となるため、街が僅かに見える程度まで上昇すると、その高度を維持して進む。途中、いつも決まった町で休憩を入れた。そこの名産品である小麦を使ったパンが美味しかった。ハクもその土地に湧き出る水を気に入っていた。
日が沈むまでにはルルネアに辿り着きたい。再び天馬を走らせて空を舞った。分厚い雲を突き抜けた時、眼下に立派な建築物を中心とした街が広がっていた。ルルネアだ。ハクを使役から一端開放すると、一度嘶き、天に消えていった。

◇ ◇ ◇ ◇

「やっぱり、式神を持つと早いわね〜」
 僕はルルネアを訪れると、まず初めにファナの元へ挨拶に向かった。冥師の中では一番お世話になっている人物だ。ファナは大抵この街にいた。彼女はルルネアの出身で、実家もこの礼拝堂の近くにあるらしいのだ。他の冥師達は暗黒龍の来訪以来、冥師らしい働きを見せているようだった。しかし、マセン冥師は相変わらずこの街に残っていた。冥師最高指令の役割も担う彼は、この町で1500万人を越す術師たちの監督と重要任務の指令を行っている。
 今回、僕がこのルルネアに呼ばれたのも、マセン冥師からの指示があったからだ。ファナと会話をある程度交わした後、最高指令のいる部屋まで向かう。重厚な木製の扉の前に立ち、ノックする。入室の許可を聞いてから、扉を押した。
「待っていたよ、ルビア=ネスフィ冥師」
 顔面に刻まれた皴は彼の威厳を増大させていた。口元に蓄えたひげは、去年よりも幾分伸びたように感じる。
「お待たせいたしました、マセン冥師。今回はどのようなご用件でしょうか」
 こうしてマセン冥師が特定の誰かを呼び出すのは決まって重要な任務か何かがある時だ。冥師である僕が呼ばれたからには、冥師でなければこなせない何かがあるに違いない。
 老人は一度大きく頷き、自らのひげを何度か手で梳いた後、口を開いた。
「帝国領と、隣国センブリア等との国境には、無国籍地帯があるのは知っているかね」
「はい、もちろんです」
 帝国は数百年前から国土拡大のための大規模な戦争を幾度となく繰り返した武力国家だ。そんな帝国の侵略を恐れた周辺国は互いに同盟を結び、帝国とその隣接国の間に無国籍地帯を設けることによって帝国との距離を測った。そうして生まれた無国籍地帯にも町村があり、そこは何処の国の法も受け付けない。だからと言って、特に争いが絶えないだとか、治安が悪いだとかと言う訳ではない。そこにはそこのルールがあり、昔ながらの生活を営んでいると聞く。その無国籍地帯に点在する町村を総称してクラスレスと呼んだ。
「今回、君にはそこにあるクラスレスの村のひとつを訪ねてもらいたい」
「村へ訪問、ですか?」
 意外だった。冥師である僕が、村へ訪問すると言う使者紛いの仕事を任せられるとは。術師や冥師の仕事は占いやお払い、または魔獣の退治などが本業だ。使者ならば、政治に携わる有力者が向かうべきだと感じた。
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