Gift Story
□線香花火に願いを
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「あっついなぁ……」
季節は夏。
私は、藩邸の玄関前で水撒きをしていた。
これで、少しは涼しくなるかなって思ったんだけど、ジリジリと照りつける陽の光は、思った以上に厳しい。
「この時代じゃ、まだ温暖化なんてないよね?」
「なんだ、それは」
「きゃっ!」
不意に声をかけられて驚いた私は、柄杓を持ったまま振り向いた。
───バシャッ!!
と、同時に跳ね広がる水。
「……あ…」
そして、私の目の前には……
「………この私に水をぶちまけるとは。いい度胸だな、小娘」
怒りモード全開の大久保さんがいた。
線香花火に願いを
「本当に、すみませんでした……」
縁側にて、手拭いを渡しながら頭を下げる杏凛。
杏凛から手拭いを受け取った大久保は、未だに髪の毛が濡れたままだ。
水も滴るいい男。
その言葉に恐ろしいほどぴったりだと思った杏凛は、しばらく大久保から目が離せなかった。
「……なんだ」
自分に視線を向けられていることに気づいた大久保が、少し不機嫌気味に聞いた。
その拍子に、長い髪を伝って零れた雫が首筋にまで流れ落ちる。
その姿に色気を感じ、杏凛は異常なまでに慌てた。
「いっ、いえっ! なんでもないです!!」
同様を隠そうと必死な杏凛に、大久保が一言。
「まさか、この私に見惚れていたわけではあるまいな?」
そんな姿のまま、大久保は床に手をつき、ずいっと杏凛に近づいた。
どこか嬉しそうな、だが意地悪さも含んだ声色で聞いてくる大久保に、杏凛は本心を見透かされたように思い、更に困惑する。
しかも、至近距離で迫られているものだから、杏凛の心臓は爆発寸前だ。
「まぁまぁ、それぐらいにしておいてあげては?」
ふんわりとした声が、縁側に響く。
「桂さん!!」
地獄で仏、のような状況に、杏凛は心からホッとしたように微笑んだ。
「いたのか、桂くん」
「えぇ。随分前から」
「いながら立ち聞きとは。まったく、悪い癖を身につけたものだな」
「これは、失礼。以後、気をつけなくては」
「……ふん」
微かに火花を散らせている2人の会話を、杏凛はただただ交互に見比べながら聞いていた。