華颯凛美の志者
□残されたもの
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小鳥がさえずり、朝の訪れを知らせる。
「―――う…ん……」
眩しい朝の光で目が覚めた。
ふと首を横に向けると、開かれた襖から青空が見えていた。
その空はひどく蒼くて、私は目を細めた。
「………ここ…」
何度目かに見る、見慣れない天井。
「寺田屋じゃ」
そして、また穏やかな声。
「坂本さん…」
私は、空を見つめたまま言った。
坂本さんが笑ったのを気配で感じた。
私のすぐ近くで、坂本さんが座っていた。
きっと、目が覚めるまでそこにいたに違いない。
だって、眠っている間、穏やかな瞳に見守られ、柔らかくて温かい何かが私を包み込んでいるのを感じていたから。
「朝餉ができちょる。杏凛さんも、一緒にどうじゃ?」
そう言って、にっこりと笑う坂本さん。
「………はい…」
私は、坂本さんの言葉に甘えることにした。
大広間に行くと、みんなが揃っていた。
「杏凛ちゃん、おはようございます!!」
中岡さんが、にっこりと笑って挨拶をしてくれた。
「おはよう、杏凛さん」
武市さんも、優しく微笑んで言った。
「おはようございます」
私も笑って挨拶をした。
「冷めないうちに、早く食え」
以蔵さんが、空いている席を指差して言った。
「こりゃ、以蔵。朝からそがな挨拶はないじゃろう」
以蔵さんを注意しながらも、坂本さんはニカッと笑いながら自分の席に着いた。
私も、以蔵さんが指差してくれた席に座った。
「では、頂くとするかのぅ」
「そうっスね! いただきます!!」
「あぁ。いただきます」
「いただきます」
みんながそれぞれ手を合わせてそう言うと、箸を持ち、朝ご飯を食べ始めた。
「……いただきます…」
私も小さく手を合わせ、煮物を一口口に運んだ。
味の染み込んだお芋は、とても柔らかくて、何より温かかった。
冷えきっていた何かを溶かすような、そんな温かさだった。
また煮物に手を伸ばし、口の中に入れる。
あの日の放火事件から、私は何も口にしていなかったことに気づいた。
それと同時に、なんともいえない空腹が私を襲った。
気がつけば、私はもりもりとご飯を食べていた。
「お前、そんなに一気に食ったら喉詰まるぞ」
以蔵さんが、あんぐりと口を開けて言った。
「仕方ないじゃろう。あれから杏凛さんはなぁんも口にしちょらんきに」
私の隣で、坂本さんが笑顔で見守りながら言う。
「……しかし、見事な食べっぷりですね。見てるだけで、満腹になるよ」
いつも冷静な武市さんが、目を見開きこちらを見る。
「えぇ。本当に……」
中岡さんも、箸を止めて私を見ていた。
「………はぁ…」
やっと落ち着き、私は息をほぅ…っと吐いた。
どれくらい食べたのだろう。
覚えていないけど、ご飯は3杯くらいおかわりした気がする。
こんなにたくさん食べたのは久しぶりだ。
「ごちそうさまでした」
手を合わせ、軽くお辞儀する。
「落ち着いたかのぅ?」
坂本さんが、ニカッと笑いながら聞いた。
私は、はい、と頷く。
「……ごめんなさい。ただでさえ一泊させてもらっているのに、朝餉まで頂いてしまって……」
そう言って、私はみんなに向かって頭を下げた。
「気にする必要はない。困った時はお互い様だ」
武市さんが言う。
「その通りじゃ」
坂本さんも、うんうんと頷きながら言う。
そして、少し改まったように、姿勢を正すと言った。
「杏凛さん……」
私も、姿勢を正して坂本さんと向き合う。
すると、坂本さんは私に向かって頭を下げた。
「すまん……。なんとか助けようとしたんじゃが……結局、杏凛さんを悲しませてしまったぜよ。……まっこと、すまん」
そう言って、更に頭を下げる坂本さん。
「そんなっ……頭を上げてください、坂本さん!」
私は、坂本さんの肩に手を置いた。
その時、坂本さんの肩が少し震えているのがわかった。
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