華颯凛美の志者

□序幕
1ページ/1ページ




時は、幕末。

日本の行く末のために、数多の魂が激しくぶつかり合っていた時代。



黒い煙と、人々の罵声や怒声、呻き声。

散らばる、鉄の塊。

辺りを轟かせる、爆発音。

止むことを知らない、不快な金属音。

そして、咽せ返るような生臭い匂い。







そんな中、黄金の気を纏った龍が、いた。

害するわけでもなく、ただじっと、時の流れを見ていた。

その何にも例えようのない鋭い瞳にこの場景を映し、何を思うのか。



龍は、ツ…と動き出した。

そして、静かに力強く空を舞う。



高く、高く登り、何もない、清く澄んだ空へ。

いくつもの白い雲を抜け、下へ。

再び、戦場へ。



戦う者、殺める者、息絶える者。

様々な人間を、縫うように抜ける。

山を越え、谷を駆け抜け、風にさらされながらも、自分の進む方向へと舞う。



速く、速く、速く。



いくつもの町を抜け、龍は天に高く舞い上がった。








―――ドクン……


何かを感じたのか、龍の鼓動が一つ、大きく高鳴った。

龍は、ふととある町を見つめた。



賑わう通り。

駆け回る子供。

茶店で涼む人々。

時折見える、浅葱色の羽織り。



何も、これといった特徴もない町だが、龍は何かその町が気になるようだ。

しばらくの間、龍はその町に住む人々の日常を、ただ静かに見続けた。














「――――……」




どれくらいそうしていただろうか。

龍の耳に、旋律が流れた。



微かだが、はっきりと聞こえる言葉。

透き通った声色。




―――ドクン……ドクン…ドクン……




それは、龍の鼓動と連動するかのように、魂を揺さぶられる歌だった。



龍は、その歌に導かれるように、また降下した。

ゆったりとした動きで、歌に身を任せる。







ふと、龍の眼に、一人の女性が映った。



高く結われた黒い髪に、桔梗色の着物がよく似合う女性だった。

肌も白く、仄かに塗られた紅が美しい。

そして何よりも惹かれたのは、伏せられた長い睫毛の中に隠れる瞳が、どこまでも澄んでいたからだった。



そんな瞳が、女性が胸元に抱いている白い包みに向けられている。

その中に包まれた赤子もまた、女性に似て肌が白く、頬は桃色に染められていた。



心地良い場所であろう、その女性の胸元で、赤子はすやすやと寝息を立てていた。







そんな二人に近づく、一人の男。

その後を追うように、小さな子供も女性に駆け寄ってきた。

彼らもまた、女性と同じくして、慈愛に満ちた瞳で赤子を見つめていた。



龍も、その赤子を見つめる。




―――ドクンッ……


先程よりも大きく、龍の鼓動が高鳴った。



龍は、自らの気を放った。

それに応えるかのように、赤子の身体からも気が放たれた。

まだ生まれたばかりの、か弱い気だが、龍から放たれる気と自然に絡み合う。



龍は、ゆっくりと赤子に近づく。

赤子を囲む彼らは、それに気づかない。

赤子はまだ眠ったまま。

龍は、赤子の心の蔵を目指す。



不意に、赤子の目が開く。

その瞳には、青空が映っていた。

その、汚れ一つない、澄んだ瞳に映る青空に向かって、龍は赤子の中へ――――……。








[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ