華颯凛美の志者

□想望
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時は過ぎ、京の町は肌寒い冬を迎えようとしていた。








「食卓に杏凛ちゃんが戻ってきて嬉しいわぁ」


女将さんが、食事の準備をしながら言った。


「傷は大丈夫?」


女将さんが聞いた。

私は、女将さんに向かってにっこりと微笑んだ後、こくりと頷いた。


「そう。良かったわ。でも、あまり無理したらあかんよ?」


女将さんの言葉に、私はまた頷いた。



未だに喋れないでいる私。

だけど、女将さんはそんな私を咎めたり焦らしたりしない。

喋れなくても、女将さんは私の唇をちゃんと見て、ゆっくり話を聞いてくれる。



女将さんだけじゃない。

龍馬さんも、武市さんも、以蔵も、慎ちゃんも。

みんな、私の言葉に耳を傾けてくれる。

私は、そんなみんなの優しさが嬉しかった。














「いただきます!!」


今夜は鶏肉。

龍馬さんの大好物の料理だ。


「おぉ! これは、杏凛が?」


「えぇ。それはもう、一生懸命に作ってはりましたよ」


「ほうか。杏凛、ありがとう! ……んっ、美味い!」


そう言って、鶏肉をもりもりと食べる龍馬さん。




「良かったな、慎太。小魚たくさんあるぞ」


「……!! 以蔵くんこそ、どうして人参をそんな端によけてるの?」


向かいには、小魚と人参で少し揉めている以蔵と慎ちゃん。


「2人ともやめないか」


隣に座る武市さんが言う。

途端に、2人は申し訳なさそうに肩をすくめた。


(ふふっ……)


私は、思わずくすりと笑ってしまった。


(みんな、少しも変わってなくて安心した)


これも、みんなの優しさなのか。

黒い影のことは一切触れず、こうしていつも通りの生活を過ごしている。




「以蔵くん! それ残したら、杏凛ちゃんに失礼だよ!」


「なっ! そう言う慎太こそ、小魚の目玉一つも残さず食べろ!!」


「あらあら、慎太郎ちゃんに以蔵はん。いつまで、そんな子供の喧嘩をしてはりますのん?」


いつまでも止まない慎ちゃんと以蔵のやり取りに、女将さんはふふっと笑顔で聞いた。

その笑顔に、私は何やらぞくりと嫌なものを感じた。


「そんなに喧嘩してはるんやったら、小魚でも人参でも、毎日入れてやってもえぇのよ?」


そう言って、小さく首を傾げる女将さん。



その笑顔に恐怖を感じたのか、慎ちゃんは、


「す、すんません! もう喧嘩しませんから、その笑顔やめてくださいっス!!」


と慌てて謝り、以蔵は恐怖に怯えるように目を見開いていた。


(あの以蔵が、そんな顔するなんて……!)


「……!! わ、笑うな、杏凛!」


私が笑ったことに気づいた以蔵が、ギロリと睨みつけた。

それでも笑いが止まらず、私はいつまでも笑い続けた。



気がつけば、みんなもそれぞれ笑い声を上げ、大広間が賑やかに染まった。





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